詩篇42:1~11 待ち望め


 詩篇42篇は、絶望の詩篇なのでしょうか。

1、苦悩と神の沈黙
 42篇を書いた人物の背景を考えてみましょう。

鹿が谷川の流れを慕いあえぐように、神よ。私のたましいはあなたを慕いあえぎます。私のたましいは、神を、生ける神を求めて渇いています。いつ、私は行って、神の御前に出ましょうか。人が一日中「おまえの神はどこにいるのか。」と私に言う間。(1~3節)

 「私の涙は、昼も夜も、私の食べ物でした」(3節)とあるように、苦しさのため涙の乾くことのない日々でした。「おまえの神はどこにいるのか。」(3、10節)という、敵対者からのさげすみの言葉が心を刺し通しました。「生ける神を求めて渇いています」とあるように、神の不在感(1~2節、9節)を強く感じていました。そのために深い失望(5、11節)を味わっていました。

 終わることのない苦悩と、神が沈黙しているように思える事、その二重苦ほど辛いものはありません。あなたも今、これと似た状況にいますか。

 出口の見えない苦しみと神の沈黙は、神がいないという証拠ではないし、神に愛されていないという印でもありません。神を愛し、正しく歩んだヨブも、同じ苦悩を通りました。主イエスも同様の苦しみを十字架で経験され、「わが神、わが神、どうして、わたしをお見捨てになったのですか。」(マタイ27:46)と言われました。

2007年に出版された『Mother Threasa  Come Be My Light』という本は、ノーベル平和賞を受けたマザー・テレサの内面の暗闇を明らかにし、世界に大きな驚きを与えました。以下のようなマザーテレサの手紙がその本で紹介されています。
「どこに私の信仰があるのでしょう。心の深い場所、そこには何もなく、空虚と闇のみです。父よ、この底知れない痛みに耐えることができません。」
「父よ、教えてください。なぜ私の魂はこれほどの痛みと暗闇の中にいるのでしょう。」
「見上げても見ることができません、耳を傾けても何も聞こえません。」
「誰にも愛されたことがないほどに主イエスよ、あなたを愛したいのです。」

 マザーテレサは38歳の時に主イエスからの招きの言葉を受け、貧しい人々の中に出て行きましたが、40歳代から70歳代まで彼女の魂の暗闇は続き、信頼できる少数の神父たちだけに心の苦悩を相談していました。
 この本のタイトルは、「私のところに来て、そして出ていって、私の光となりなさい」と主イエスに彼女が招かれた時の言葉でした。キリストの光を届けるために、マザー・テレサの心が闇に覆われている必要があったと彼女が理解していたようです。また、主イエスの十字架の苦悩を体験するという特別な賜物を受けていたのでしょう。



2、自分に語りかける自分



 改善されない苦悩、そして、呼んでも応答してくれない神を前にして、この詩篇の作者は絶望して信仰を捨てたのでしょうか。いいえ。

パレスチナの夏には一滴の雨も降らず、11月から3月には時折雨が降り、谷底に雨水が集まり一時的な川ができることもあります。干上がった川底に鼻を付けて水分を必死に探す鹿の姿こそが、神との関係修復をあきらめない人の姿を物語っています。

私はあの事などを思い起こし、御前に私の心を注ぎ出しています。私があの群れといっしょに行き巡り、喜びと感謝の声をあげて、祭りを祝う群集とともに神の家へとゆっくり歩いて行ったことなどを。(4節)

 彼は、巡礼者の一員としてエルサレム神殿に旅したことを思い起こしました。あの時、神を身近に感じ、信仰的に大きな喜びがありました。(4節)それは蜃気楼ではなく事実でした。

 私の神よ。私のたましいは御前に絶望しています。それゆえ、ヨルダンとヘルモンの地から、またミツァルの山から私はあなたを思い起こします。あなたの大滝のとどろきに、淵が淵を呼び起こし、あなたの波、あなたの大波は、みな私の上を越えて行きました。(6~7節)

 この印象的な自然描写は、作者の苦悩の二重写しです。パレスチナ北部のヘルモン山は、雪を頂く高山で、雨水や雪解け水などが斜面を下り、大きな滝となってヨルダン川源流に注ぎます。その時起きる大波に飲み込まれて翻弄される姿が出口のない悩みを表しています。そんな時、支えになるのは、神の恵みと神への祈りでした。

 昼には、主が恵みを施し、夜には、その歌が私とともにあります。私のいのち、神への、祈りが。(8節)

 42篇で二度繰り返される印象的なフレーズを読むと、絶望の中で一条の光が差し込んでいることが分かります。

わがたましいよ。なぜ、おまえはうなだれているのか。
私の前で思い乱れているのか。 神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。(5節)

 出口のない苦悩と神の不在のゆえに、彼は確かに落胆しています。弱り果てて思い乱れている自分を否定しません。もう一人の自分は、うなだれている自分に静かに語りかけます。こんな時だからこそ、神を待ち望むんだよ、と。
 事態が改善せず、敵の攻撃も止まず、神を求めても身近に感じられない中であっても、神が神であるという事実が神を賛美する根拠を与えてくれるのです。だから、「私はなおも神をほめたたえる」と言えるのです。
 神の顔を強く意識しているのは、こんな時でも神の顔は私たちに向いていて、神のまなざしが自分に注がれているという信仰であり、希望です。

 2001年9月11日、貿易センタービルに旅客機が突っ込んだ後、ユナイテッド93便もハイジャックされ目標に向けて飛行していました。乗客のトッド・ビーマーは、電話交換手と連絡を取り機内の様子を伝えました。33歳のトッドは、乗客が生き残れる可能性が少ないことは認識していましたが、主を待ち望んでいました。いよいよ、テロリストと闘うという直前、主の祈りを一緒に祈ってほしいと伝え、その後、詩篇23篇を唱え、"Let's Roll"「さあ、いくぞ」という叫びを残して仲間と一緒に突進、最終的に飛行機は墜落しました。テロリストの目的を阻むことができたのです。

 42篇は絶望の詩篇ではなく、絶望してもおかしくない状況で、神を待ち続けた人の信仰告白なのです。

「神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。」(5節)

 →あなたの番です
  □状況に改善がなく、神の不在を感じますか
  □神を待ち望みましょう 
     □なおも神をほめたたえましょう

コロサイ4:7~9 目立たない賜物


 「奉仕」の賜物、「分け与える」賜物、「慈善」の賜物(ローマ12:7~8)、「助ける者」(第1コリント12:28)に、<目立たない賜物>という呼び名を付けてみます。

こうした賜物を与えられた人は、どちらかというと静かで目立たない人が多いですね。新しいことを企画したり、リーダーシップを発揮するタイプではありませんが、与えられた役割をきちんと果たし、裏方の仕事に喜びを感じます。


1、テキコ

私の様子については、主にあって愛する兄弟、忠実な奉仕者、同労のしもべであるテキコが、あなたがたに一部始終を知らせるでしょう。私がテキコをあなたがたのもとに送るのは、あなたがたが私たちの様子を知り、彼によって心に励ましを受けるためにほかなりません。(コロサイ4:7~8)

テキコはパウロの弟子の一人でした。テキコの特徴は忠実な奉仕です。コロサイの手紙だけでなく、エペソ人への手紙においても、パウロはテキコを「忠実な奉仕者」と紹介しています。忠実とはいったい何でしょう。人が見ていても見ていなくても、与えられた役割を果たす責任感と実行力です。

あなたがたにも私の様子や、私が何をしているかなどを知っていただくために、主にあって愛する兄弟であり、忠実な奉仕者であるテキコが、一部始終を知らせるでしょう。(エペソ人への手紙6:21)

パウロはローマの牢獄でエペソとコロサイの人々に手紙を書き、その手紙の配達をテキコに託しました。パウロは、もう一つ難しい仕事をテキコに依頼しました。コロサイのピレモン宅から逃げ出した逃亡奴隷のオネシモを主人に送り届ける役です。

また彼は、あなたがたの仲間のひとりで、忠実な愛する兄弟オネシモといっしょに行きます。このふたりが、こちらの様子をみな知らせてくれるでしょう。(9節)

 パウロのもとでイエスを信じ別人に生まれ変わったオネシモを、主人のもとに届け、パウロからの信書を手渡して、元の主人と元の奴隷の間を穏やかに取り持つ役割でした。忠実で、穏やかで、平和的で、与えることを喜びとするテキコだから、この難しい任務を果たすことができました。
 テキコの目立たない賜物は、2000年間多くの人々の目に留まることになりました。


2、私たちの奉仕

あなたの番です。御霊は次のような賜物をあなたに与えているかもしれません。

「奉仕」の賜物
「助ける」賜物
「分け与える」賜物
「慈善」の賜物

 奉仕や助ける賜物を与えられている人は、机を並べる、会計係りをする、お茶をサーブする、掃除するなど、主役ではなくて脇役として力強く貢献します。通訳の奉仕も名脇役の一人です。

まとまったお金をそっと献金する人がいますが、まさに分け与える賜物を主からもらっている人です。人をもてなしたり、宿泊を提供するということも、分け与える賜物に関連しています。お料理が好きな人や誰かを泊められるスペースのある人もそうです。
 慈善の賜物は、ホームレスの人への食事提供をしたり、経済的に恵まれない子供の学費・生活費を助ける活動などができます。マザーテレサは、慈善の賜物を特別いっぱい与えられた人でした。

あなたに、このような賜物が与えられているなら、それを主と人々のために惜しむことなく用いて下さい。

イエスは彼らに言われた。「水がめに水を満たしなさい。」彼らは水がめを縁までいっぱいにした。イエスは彼らに言われた。「さあ、今くみなさい。そして宴会の世話役のところに持って行きなさい。」彼らは持って行った。宴会の世話役はぶどう酒になったその水を味わってみた。それがどこから来たのか、知らなかったので、――しかし、水をくんだ手伝いの者たちは知っていた。――彼は、花婿を呼んで、言った。「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、人々が十分飲んだころになると、悪いのを出すものだが、あなたは良いぶどう酒をよくも今まで取っておきました。」(ヨハネ2:8~10)

カナの婚礼に出席された主イエスは、水がめに満たした水をぶどう酒に変える奇跡を行いました。宴会の終わり近くなのに良いぶどう酒が振舞われたので人々は驚嘆しました。水を何度もくみ上げて運び、水がめに注いだ下働きの人だけが主イエスの奇跡を目の当たりにしました。「水をくんだ手伝いの者たちは知っていた」(ヨハネ2:9)と書かれてある通りです。
<水をくんだ手伝いの者>だけが主のみわざを体感できるのです。これこそが、水を汲む者の美学です。

田中いさおさん・きよさん夫婦は、映画『喜びも悲しみも幾歳月』のモデルになった方々で、太平洋に突き出た高さ40mの岩山の上にある塩屋崎灯台が仕事場兼住居でした。陸の孤島と呼ばれる場所での勤務ですから、飲料水にも事欠き、米のとぎ汁で顔を洗い、おしめを洗ったといいます。二人目の出産時は、夫が新生児を受け止め、へその緒を切りました。毎晩、毎晩、舟の航行の安全のために灯台に灯をともす仕事と生活は、目立たない歩みですが、忠実さ、継続力が問われる大切な役割でした。

主はあなたに、奉仕、分け与える、慈善、助ける賜物を与えて下さったかもしれません。それならば、忠実さと継続力に磨きをかけて、信仰の明かりをともし、世の光という灯台になって福音の光と神の愛の光を届けて下さい。あなたの財産、時間、労力、経験を分け与える事こそがあなたの生きがいになり、あなたの輝きになります。

 
 このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行ないを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。(マタイ5:16)


 →あなたの番です
□奉仕、分け与える、慈善、助ける賜物を与えられていますか
□忠実さに磨きをかけましょう
□分け与えることを喜びましょう


使徒9:36~43 いやす賜物


 医療技術が進んだ今、いやしが必要な人が逆に増えています。現代こそ、いやす人が求められています。

1、広い意味での<いやしの賜物>

 第1コリント12:9~10に、「ある人には同一の御霊によって、いやしの賜物が与えられ、ある人には奇跡を行う力」が与えられていると書いてあります。いやしの賜物を与えられた人は、神のいやしの力を届ける管のように用いられます。

 奇跡的ないやしの力がなくても、広い意味でのいやしの賜物を与えられているかもしれません。以下の項目に該当するかを確認して下さい。

・主の力によって病気を治す力が与えられている
・病人のためにとりなしの祈りをする
・自分自身が体や心の病気を経験者した
・仕事やプライベートで、実際に誰かを看病したりケアしている
・人の話をゆっくりと聞くことができる
・「あなたは、いやし系だね」と言われたことがある

広い意味でいやしの賜物をもらっている人は、自然に以下のように行動します。
弱った人のそばにいてあげる。手を置く。抱きしめる。話を聞く。食べ物を出す。リラックスした雰囲気にしてあげる。信頼する。代わりに仕事をしたり、車を運転したりする。見捨てない。慰め、励ます。愚痴を聞いてあげる。あきらめない。共に喜ぶ。

広い意味でのいやしの賜物は、目立たない人に与えられている場合が多いです。パウロは、目立つ賜物と目立たない賜物に触れ、キリストの体の中では目立たない器官、弱いと見られる器官がとても重要だと言ったのは、こうした<広い意味でのいやしの賜物>の必要性を述べたのかもしれません。

からだの中で比較的に弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないものなのです。(第1コリント12:22)


2、タビタ

 今日の聖書箇所では、いやしの賜物を与えられたペテロと、広い意味で<いやしの賜物>を与えられたタビタの姿を見ることができます。

ヨッパにタビタ(ギリシヤ語に訳せば、ドルカス)という女の弟子がいた。この女は、多くの良いわざと施しをしていた。ところが、そのころ彼女は病気になって死に、人々はその遺体を洗って、屋上の間に置いた。ルダはヨッパに近かったので、弟子たちは、ペテロがそこにいると聞いて、人をふたり彼のところへ送って、「すぐに来てください。」と頼んだ。(使徒9:36~38)

 海沿いの町ヨッパにタビタという女性のクリスチャンがいましたが、病気で亡くなりました。主イエスが復活され昇天された後なので、人々はペテロを呼びに行きました。葬式をしてほしかったのでしょうか。

そこでペテロは立って、いっしょに出かけた。ペテロが到着すると、彼らは屋上の間に案内した。やもめたちはみな泣きながら、彼のそばに来て、ドルカスがいっしょにいたころ作ってくれた下着や上着の数々を見せるのであった。(39節)

 すぐに来て欲しかったのは、葬式のためではなかったようです。すでに遺体は洗いきよられて安置していましたが、葬式が始まる雰囲気がありません。やもめたちは、言葉では言いませんが、タビタを生き返らせて欲しいと全身でペテロに語っていました。

 あなたが死んだとします。家族や親戚以外で、誰が飛んで来てくれますか。大粒の涙をはらはら流して、生き返らせてほしいと懇願する人がいるでしょうか。
 「やもめたちはみな泣きながら、彼のそばに来て、ドルカスがいっしょにいたころ作ってくれた下着や上着の数々を見せるのであった。」(39節)とあります。あなたが死んだら、あなたが誰かに与えたものを取り出して来て、これはあの人からもらったものだ、あの人は私にこんなに良くしてくれたと言ってくれるでしょうか。

 「この女は、多くの良いわざと施しをしていた」(36節)とあります。タビタは、与える人でした。広い意味でのいやしの賜物は、与える賜物と言い換えても良いでしょう。タビタはやもめたちのために、時間を与え、お金を与え、物を与え、心を与えたと言ってもよいでしょう。

ペテロはみなの者を外に出し、ひざまずいて祈った。そしてその遺体のほうを向いて、「タビタ。起きなさい。」と言った。すると彼女は目をあけ、ペテロを見て起き上がった。そこで、ペテロは手を貸して彼女を立たせた。そして聖徒たちとやもめたちとを呼んで、生きている彼女を見せた。このことがヨッパ中に知れ渡り、多くの人々が主を信じた。(40~42節)

 まったくの異例な事ですが、ペテロは皆をその場から出して一人になってひざまずき、タビタを生き返らせてほしいと主に祈りました。主イエスが会堂管理者の娘を生き返らせた場面とそっくりの言い回しで(マルコ5:41)、タビタ、起きなさいと呼びかけました。
タビタは目を開けました。なぜペテロがいるのか驚いたでしょう。タビタと再開したやもめたちは大歓声をあげ、主を礼拝し、お祝いの食事の席になったことでしょう。

やもめたちはみな泣きながら、彼のそばに来て、ドルカスがいっしょにいたころ作ってくれた下着や上着の数々を見せるのであった。(39節)

つい最近、ハワイから電話がありました。最初、私は知らない人だと思いました。話を聞いていくと、彼女の母親がつい最近亡くなったこと、そのお母さんが私が牧師をしていた教会の教会員だったこと、彼女が死んだ時には平湯牧師に連絡してほしいと頼んだことが分かりました。その年配の女性は、私が苦しい時に、山を越えて運転して来て、私を励ますために、おいしいパンを買って届けてくれた人でした。それも一度ではなく、三度も四度も届けてくれたのです。私は、彼女の行動によって、いやされました。慰めを受けました。その方が、私のことをずっと何年も忘れず、祈ってくれたのだと改めて知り、深い感動と悲しみを覚えました。ヨッパのやもめたちのように、私も、彼女にもらったパンを見せながら、彼女の思いやりを知ってほしいと思いました。

あなたは普段目立たない人かもしれませんが、現代のタビタです。神はあなたを<いやす人>として造られたのかもしれません。あなたの時間を、物を、聞く耳を、愛を、サポートを、あなた自身を、誰かのために与え、その人のいやしを願いましょう。

→あなたの番です
 □広い意味で、いやしの賜物をもらっていませんか
□病気の人、弱っている人のそばに行きましょう
□良いわざ、施しを、あなたらしく実行しましょう

マタイ27:57~66  アリマタヤのヨセフのイースター


 ハッピー・イースター。アメリカの良い点は、スーパーのレジ係りも、飛行機の乗客も、「ハッピー・イースター」と挨拶することです。主はよみがえりました!ハレルヤ。
 今日は、アリマタヤのヨセフの姿を通してイースターを考えましょう。

1、よみがえりを<予測>した人々

さて、次の日、すなわち備えの日の翌日、祭司長、パリサイ人たちはピラトのところに集まって、こう言った。「閣下。あの、人をだます男がまだ生きていたとき、『自分は三日の後によみがえる。』と言っていたのを思い出しました。ですから、三日目まで墓の番をするように命じてください。そうでないと、弟子たちが来て、彼を盗み出して、『死人の中からよみがえった。』と民衆に言うかもしれません。そうなると、この惑わしのほうが、前のばあいより、もっとひどいことになります。」(マタイ27:62~65)

 主イエスは死んで三日目によみがえる。主イエスは弟子たちにそう予告しました。でも、主イエスの予告を真剣に受け取ったのは、皮肉なことに、主イエスの敵である祭司長や律法学者たちでした。十二弟子が主イエスの遺体を盗んで復活をでっちあげる危険があると、祭司長らはピラトに警告し、墓の厳重な守りを依頼しました。

 一方、弟子たちは誰ひとり復活を信じていませんでした。イースターの朝、よみがえった主イエスに会った女たち戻ってきても、「たわごと」(ルカ24:11)だと相手にしませんでした。

 主イエスのよみがえりは、誰も期待していない中で、誰も復活を信じない中で起きました。不信やあきらめや悪意の中であっても、神はみわざは行われるのです。
 あなたを取り囲む環境は、否定的で無神論的で人間の醜さばかり見える世界かもしれませんが、神が何かをしようと思われるなら何の障害にもなりません。イースターは、神が、神のみわざを、神の時に行われるという偉大な宣言なのです。

 「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。」(ヨハネ11:25)


2、アリマタヤのヨセフ

アリマタヤのヨセフについて3つの質問をします。以下の箇所を読んだり、4つの福音書を読んで一緒に考えて下さい。

夕方になって、アリマタヤの金持ちでヨセフという人が来た。彼もイエスの弟子になっていた。この人はピラトのところに行って、イエスのからだの下げ渡しを願った。そこで、ピラトは、渡すように命じた。ヨセフはそれを取り降ろして、きれいな亜麻布に包み、岩を掘って造った自分の新しい墓に納めた。墓の入口には大きな石をころがしかけて帰った。(マタイ27:57~60)


1)ヨセフはどんな人ですか。

ヨセフの出身地、生活の基盤は、エルサレム北部の丘陵地にあったアリマタヤでした。ヨセフという名は珍しい名ではありませんが、「アリマタヤのヨセフ」というだけで通じるほどの資産家、豪商、あるいは、著名なビジネスパーソンだったのでしょう。
2000年前のイスラエルは、政治行政と裁判所を兼ねるサンヘドリンという70人議会によって治められ、「祭司長たちも律法学者、長老たち」(マタイ27:41)という3つの階級で構成されていました。ヨセフは市民階級を代表する「長老」の立場で「有力な議員」(マルコ15:43)として名を連ねていました。ルカの福音書ルカ23:50を見ると、「りっぱな、正しい人」と呼ばれる人格者でした。その彼が、主イエスを信じたのです。


2)ヨセフが自分の墓を提供しなかったらどうなりましたか。

身寄りのない人が死んだ場合は共同墓地に埋葬されていました。でも犯罪者の場合、それも、極刑の十字架刑で死んだ者は、エルサレム城壁外のヒノムの谷のゴミ捨て場に捨てられていたのかもしれません。夜になれば野獣の餌食、昼間なら猛禽類が舞い降りたことでしょう。もし、ヨセフの新しい墓に主イエスが埋葬されなければ、主イエスがよみがえられたという有力な証拠の一つ、空の墓、という要素を失うことになったのです。


3)ヨセフが思い切って遺体の下げ渡しを申し出たのはなぜですか。

 一言でいうと、魂がふるえるほどの経験をしたからです。

ヨハネ19:38によると、「イエスの弟子ではあったがユダヤ人を恐れてそのことを隠していたアリマタヤのヨセフ」でした。恐れがありました。積み上げてきた経歴と名声を失いたくなかったのです。

以下は私の推測です。ヨセフはイエスの教えを聞き、奇跡の場面にいて、個人的にも話した。やがてヨセフは主イエスを救い主として信じ、クリスチャンになった。当時はクリスチャンという用語がなかったので、「弟子」と呼ばれていました。

自分の墓をエルサレム郊外に買い求めた事から、ヨセフは年長者であったと思われますが、自分の息子ほどの年齢の主イエスを神の子として信じるほど心の柔らかな人でした。

 ヨセフは、主イエスの死刑を決める裁判に同席しました。主イエスが鞭打たれ、十字架に付けられ、息を引き取られるまでを、一番近くで見ていた蓋然性があります。
 ヨセフは、主イエスの裁判の段取りが不当であると述べました。偽証を聞き、煮えくり返る気持ちでいたことでしょう。そして、心の中でこう叫んでいたのでしょう。<主イエスよ、今までパリサイ人を蹴散らしてきたように見事に論破して下さい。あの時見せて下さった奇跡のわざをここで行い、祭司長たちを黙らせてください。天の軍勢を呼び寄せて、兵士たちを滅ぼして下さい。あなたはおできになるのです>

 ところが、目の前におられる主イエスは、黙ったまま、殴られるがままでした。イエスが祭司長の罠にはまって苦しめられているのではなく、十字架への道を自ら進んで、死のうとしていると、ヨセフは徐々に気づいたのかもしれません。イザヤ書53章にある預言通りに事が進んでいました。
 十字架刑の総監督者の百人隊長は、「この方はまことに神の子であった」と告白しました。完了した」主イエスが死なれる姿を見て、魂が震えたことでしょう。主イエスは、臆病なヨセフのためにも死んで下さいました。ヨセフは考えたことでしょう。経歴や名声が何になろう。この方のためなら、何でもしようと心に決めたのでしょう。

 最近数年の間、NHKのドラマでクリスチャンの主人公が登場しています。新島八重、村岡花子、黒田官兵衛、「マッサン」のエリー。彼らは名声を得る中で、あるいは後に、主イエスを救い主と信じました。彼らは日本版のアリマタヤのヨセフです。

 私は、日本人弁護士でクリスチャンの方を昔から知っています。彼は、ある法律分野で著名な専門家で大学でも教え、弁護士会の会長もされました。クリスチャンだという一点だけを除けば申し分ないのだが、と周囲の人は評価するそうです。立派です。現代のアリマタヤのヨセフです。

 あなたの番です。あなたがアメリカでの駐在期間を終えて、日本に戻ったときに上司が「アメリカはどうだったかね。まさか、アメリカでクリスチャンになったなどという冗談は言わんでくれ」と言ったとしたらどうしますか。

 主イエスは、よみがえらえました。今も生きておられます。主イエスを恥じることなく生きましょう。復活の力と命は、信じる私たちのうちに力強く働いています。

「ここにはおられません。前から言っておられたように、よみがえられたからです。来て、納めてあった場所を見てごらんなさい。」(マタイ28:6)

この人はピラトのところに行って、イエスのからだの下げ渡しを願った。
(マタイ27:58)

 →あなたの番です
  □あなたの状態に関係なく、主イエスはみわざを行われます
  □ヨセフのように自分にできる方法で主の愛に報いましょう


使徒8:26~40 人と関わる賜物  ―ピリポの4ステップ―


 人と関わる賜物について考えてみましょう。特に、人を主イエスに導く伝道の賜物と聖書を教え育てる賜物を取り上げます。伝道の賜物はエペソ4:11に、教える賜物はローマ12:7に書かれてあります。
 
 使徒8章に登場するピリポは、伝道の賜物と聖書を教えてクリスチャンの信仰を育てる賜物を持っていました。彼は、4つの事をしました。①御霊に従い、②自分から近づき、③質問し、④主イエスを伝えました。


1、御霊の導きに従う

ところが、主の使いがピリポに向かってこう言った。「立って南へ行き、エルサレムからガザに下る道に出なさい。」(このガザは今、荒れ果てている。)(使徒8:26)
 
 ピリポはエルサレム教会の役員で(使徒6:5)、ギリシャ語を使うやもめたちへの食料配給に携わった地味な人でした。迫害で散らされてサマリヤにたどり着くと、ピリポは伝道者として、また、聖書を教える人として爆発的に用いられました。(使徒8:5~8)賜物は、環境が変わったり役目が変わると開花することがあります。

 天使はピリポにガザに行くよう指示しました。サマリヤから直線距離で80マイル南西にある海岸近くにあったガザにはアフリカ方面への幹線道路が通っていました。

御霊がピリポに「近寄って、あの馬車といっしょに行きなさい。」と言われた。そこでピリポが走って行くと、預言者イザヤの書を読んでいるのが聞こえたので、「あなたは、読んでいることが、わかりますか。」と言った。(29~30節)

 ピリポは、第1に、御霊の導きに従い移動しました。今日も、御霊はあなたの関心を誰かに向けてくれます。

2、自分から近づく

 第2に、ピリポは、エチオピアの宦官の馬車に近づきました。
 御霊の語り掛けに従い、ピリポは走り出し、馬車と伴走しました。誰が乗っているのか知らないまま近づきました。すると、イザヤ書を読んでいる声が聞こえました。神を求めている人が乗っていると確信したことでしょう。

3、質問する

 第3に、ピリポは、質問しました。「あなたは、読んでいることが、わかりますか。」とても的を得た質問でした。
 本当に教え上手な人は、質問が上手です。主イエスは、質問の名手だったことを思い出して下さい。良い質問は、相手を深い理解に導き入れます。

すると、その人は、「導く人がなければ、どうしてわかりましょう。」と言った。そして馬車に乗っていっしょにすわるように、ピリポに頼んだ。彼が読んでいた聖書の個所には、こう書いてあった。「ほふり場に連れて行かれる羊のように、また、黙々として毛を刈る者の前に立つ小羊のように、彼は口を開かなかった。彼は、卑しめられ、そのさばきも取り上げられた。彼の時代のことを、だれが話すことができようか。彼のいのちは地上から取り去られたのである。」宦官はピリポに向かって言った。「預言者はだれについて、こう言っているのですか。どうか教えてください。自分についてですか。それとも、だれかほかの人についてですか。」(31~34節)

 馬車に乗っていたのは、エチオピア女王に仕える財務大臣のような役人でした。その宦官は、エチオピア人でありながらユダヤ人の神を求め、エルサレムの神殿で礼拝して帰る途中だった求道者です。イザヤ書53章を読んでいて、その中に出てきた「彼」が誰なのかを考えあぐねていたので、「導く人がなければ、どうしてわかりましょう」と答えました。宦官の聖書は、ヘブル語旧約聖書からギリシア語に翻訳した70人訳聖書だったと思われます。この聖書は当時とても高価でした。ピリポはギリシア人のやもめを助けた人で、当時の国際共通語ギリシア語を解するバイリンガルでした。

4、主イエスを紹介する

 ピリポは口を開き、この聖句から始めて、イエスのことを彼に宣べ伝えた。道を進んで行くうちに、水のある所に来たので、宦官は言った。「ご覧なさい。水があります。私がバプテスマを受けるのに、何かさしつかえがあるでしょうか。」(35~36節)

 ピリポが単なる聖書オタクなら、知識を披歴しただけで終わります。でも、ピリポは違いました。第4に、ピリポは、まっすぐに主イエスのことを語りました。伝道の賜物や人を教え育てる賜物を与えられた人は、主イエスさまを指し示す人です。ピリポはイザヤ書に書いてあるのは主イエスのことだと教えました。さらに、主イエスの十字架と復活を語ったことでしょう。すると宦官は、主イエスへの信仰を表明し、自分からバプテスマを受けたいと申し出て、ピリポはその場で宦官に洗礼を授けました。

 あなたのそばに現代のエチオピアの宦官がいます。それは、誰でしょう。「導く人がなければ、どうしてわかりましょう」「どうか教えてください」と叫んでいます。

 大学の研究職に就いていた28歳の男性が、学内の学者と知り合いになりました。その学者は、学識が深く、人格も魅力的で、会って話すことが楽しくなりました。学者はカトリックのクリスチャンで、神について、主イエスについて、一生懸命に教えてくれました。28歳の男性は徹底した無神論者でしたが、31歳の時に神の存在を認めるようになりました。33歳の時、深夜に及ぶ真剣な語らいなどを通じて、主イエスを救い主と信じ、礼拝に通うようになりました。熱心に神を教えた人物は、『指輪物語』で知られるJ・R・R・トールキン。無神論者からクリスチャンになったのが、後に『ナルニア国物語』の著者となる、C・S・ルイスです。二人はオックスフォード大学内で知り合い、ルイスは1931年9月に主イエスを信じました。
 あなたの隣りに未来のC・S・ルイスがいます。

伝道の賜物や人を教える賜物はないと思う人がいます。たぶん、多くの人がそう思うでしょう。でも、この分野は、賜物のあるなしに関係なく、必要が生じたら誰でもが用いられることになります。ルカ12:12で、聖霊が語るべきことばを必ず与えてくれるという約束があるので、勇気を持って語りましょう。また、「私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です」(第1コリント3:6)とあるように、人を育てるのは神なので、賜物のあるなしに関係なく、安心して人を育ててください。

あなたは、主から、伝道の賜物や人を教え育てる賜物をもらっていますか。そうならば、御霊に導かれ、自分から誰かの所に出て行き、質問し、主イエスを伝え、信仰の決断に導き、育てて下さい。

 →あなたの番です
  □御霊の導きに従い、誰かの所に出て行き、質問しましょう
  □主イエスを紹介しましょう


出エジプト31:1~11 神をたたえるクリエイティブな賜物


 私たちの教会の今年のテーマは「賜物を生かして主に仕える」です。それで、4回にわたって、神が与えて下さった賜物について考えてみます。
 第1回目の今日は、クエイティブな賜物を取り上げます。


1、ベツァルエル

主はモーセに告げて仰せられた。「見よ。わたしは、ユダ部族のフルの子であるウリの子ベツァルエルを名ざして召し、彼に知恵と英知と知識とあらゆる仕事において、神の霊を満たした。それは、彼が、金や銀や青銅の細工を巧みに設計し、はめ込みの宝石を彫り、木を彫刻し、あらゆる仕事をするためである。(出エジプト31:1~5)

 幕屋建設のため、主ご自身がベツァルエルを総監督に任命されました。「ベツァルエルを名ざして召し」とあります。神は誰にデザインやアートの賜物を与えたのかを知っておられます。また、その賜物を持った人物に活躍してもらうタイミングを知っておらます。主に必要とされる時が、賜物を発揮する時です。
ベツァルエルは恐れと喜びを感じたことでしょう。人類史上一度も作られたことのない移動式神殿を作る責任者に選ばれたのです。でも、一人でするのではありません。「神の霊を満たした」とあります。デザインする時と、制作するプロセスの両方の期間に主の霊が導いてくれます。つまり、計画段階でデザインする時、また、実際の作業を行う時の技術面においても、主の助けがあるのです。

すなわち、会見の天幕、あかしの箱、その上の『贖いのふた』、天幕のあらゆる設備品、机とその付属品、純金の燭台と、そのいろいろな器具、香の壇、全焼のいけにえの祭壇と、そのあらゆる道具、洗盤とその台、式服、すなわち、祭司として仕える祭司アロンの聖なる装束と、その子らの装束、そそぎの油、聖所のためのかおりの高い香である。彼らは、すべて、わたしがあなたに命じたとおりに作らなければならない。」(7~11節)

ベツァルエルは、建築、彫刻、絵画、インテリアデザイン、ファッションデザイン、ジュエリーデザイン、インダストリアルデザイン、香水の調合などを手掛けたことになります。余談ですが、イスラエルにはベツァルエル美術大学がありますがベツァルエルの名が付けられている理由が分かりますね。

絵画、彫刻、版画、デザイン、建築、書道、文章、詩作、俳句、陶芸、お花、写真、web デザイン、映画、ラップ、編集など、クリエイティブな賜物を主から頂いていますか。それを、主の栄光のために用いましょう。
主はクリエイティブな賜物を誰に与えたかを知っておられ、あなたの名を呼んでおられます。与えられた機会に、与えられた賜物で応答しましょう。
                            



3、アサフ、ヘマン、エドトン

 また、歌うたいであるレビ人全員も、すなわち、アサフもヘマンもエドトンも彼らの子らも彼らの兄弟たちも、白亜麻布を身にまとい、シンバル、十弦の琴および立琴を手にして、祭壇の東側に立ち、百二十人の祭司たちも彼らとともにいて、ラッパを吹き鳴らしていた。――ラッパを吹き鳴らす者、歌うたいたちが、まるでひとりででもあるかのように一致して歌声を響かせ、主を賛美し、ほめたたえた。そして、ラッパとシンバルとさまざまの楽器をかなでて声をあげ、「主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。」と主に向かって賛美した。そのとき、その宮、すなわち主の宮は雲で満ちた。祭司たちは、その雲にさえぎられ、そこに立って仕えることができなかった。主の栄光が神の宮に満ちたからである。(第2歴代5:12~14)

 ソロモンの神殿が完成した時に、アサフ、ヘマン、エドトンらの賛美リーダーとレビ人の聖歌隊とオーケストラが主への賛美を演奏しました。その時、「ラッパを吹き鳴らす者、歌うたいたちが、まるでひとりででもあるかのように一致して歌声を響かせ」とあります。
 「主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで」と賛美しました、神殿奉献式に歌ったのは、神の愛でした。神の愛こそたたえるべき中心テーマなのです。
 「主に向かって賛美した」とあります。通常の音楽は、コンサート会場の人に向けて演奏され、人々は演奏者をたたえます。この箇所では、演奏者たちは会衆にではなく、神に向けて賛美します。神を賛美するための音楽だからです。その結果何が起きましたか。神の栄光が表れ、祭司たちがその場に立っていられないほどの主の栄光に圧倒されたのです。

アサフ、ヘマン、エドトンの3人は、ダビデ王の時代に任命されたレビ人の音楽家です。(第1歴代25:1)アサフはレビ人の筆頭賛美リーダーであり、作詞も行いました。詩篇73~83は彼が作った詩篇です。
エドトンは、十弦の竪琴や竪琴、シンバルなどの器楽オーケストラの指揮者で、作曲も行っていたようです。詩篇39、62、77篇表題を見るとそれが分かります。

第一歴代誌25:6~7を見ると、アサフ、エドトン、ヘマンが、「主にささげる歌の訓練を受けた」とあり、「彼らはみな達人であった」と書かれています。アーティステックな賜物は、表に見える華やかな部分だけでなく、人には見えない隠れた努力や血のにじむような訓練があることを忘れてはいけません。

賛美の賜物は、主の素晴らしさをたたえるために与えられました。ですから、礼拝の場で用いましょう。賛美リーダーたちは、礼拝者たちの心を励まし、主を見上げる助けをします。神への純粋な賛美は、それだけでなく、人の心に深い感動を与えるので、伝道としても用いられます。

音楽家バッハは敬虔なクリスチャンでした。ライプツィヒ時代の初期数年間は、礼拝テーマに合わせた教会カンタータを毎日曜ごとに作曲し演奏しています。バッハは、楽譜の冒頭に「JJ」と書き入れ、作曲が終わるとSDGと書き入れました。JJとは、Jesu juva!(ラテン語で、イエスよ、助けたまえの意味)、SDGとは、Soli Deo Gloria(神のみに栄光あれ)という意味です。バッハは、音楽の目的は第一は神に栄光を帰すことだと知っていたのです。

クリエイティブな賜物とは音楽や芸術に秀でた人だけのものではありません。毎日工場で働きながら、作業工程を改善することは、クリエイティブな賜物を職場に生かすことになります。家事・育児で毎日追われるような生活をしている主婦が、自分の役割を見つめ直すと、やり方が変わります。それもクリエイティブな賜物を生かすことです。

さあ、現代のベツァルエルたち、また、アサフやエドトン、あなたに与えられた賜物が用いられる時です。

ベツァルエルを名ざして召し、彼に知恵と英知と知識とあらゆる仕事において、神の霊を満たした。(出エジプト31:2~3)

指揮者のために。エドトンの調べによって。アサフの賛歌
私は神に向かい声をあげて、叫ぶ。
私が神に向かって声をあげると、神は聞かれる。(詩篇77:1)

→あなたの番です
□主から与えられたクリエイティブな賜物を用いよう
□輝きとひらめきは主から来る
□鍛錬を忘れない

創世記26:1~35 父の足跡をたどる


 「最近、お父さんに似てきたね」、「お母さんとそっくりだね」と言われませんか。顔立ちだけでなく、体型、しぐさ、言い方も、知らず知らずに似てくるものです。

父の足跡をたどる。創世記26章はそんな気持ちにさせてくれます。

1、神との出会いの中で

主はイサクに現われて仰せられた。「エジプトへは下るな。わたしがあなたに示す地に住みなさい。あなたはこの地に、滞在しなさい。わたしはあなたとともにいて、あなたを祝福しよう。それはわたしが、これらの国々をすべて、あなたとあなたの子孫に与えるからだ。こうしてわたしは、あなたの父アブラハムに誓った誓いを果たすのだ。そしてわたしは、あなたの子孫を空の星のように増し加え、あなたの子孫に、これらの国々をみな与えよう。こうして地のすべての国々は、あなたの子孫によって祝福される。これはアブラハムがわたしの声に聞き従い、わたしの戒めと命令とおきてとおしえを守ったからである。」(創世記26:2~5)

父が死んでもなお神を信じて歩んだ息子の存在なしに、神とイサクの邂逅はありえません。また、変わらない神がおられたゆえの出会いです。
創世記12:1~3、15:5を見て分かるように、神がイサクに語られた内容は、アブラハムに語られたとそっくり同じです。

「これはアブラハムがわたしの声に聞き従い、わたしの戒めと命令とおきてとおしえを守ったからである」と神は言われました。イサクは、父の信仰者としての足跡に出会いました。


2、同じ弱さ

アビメレクは言った。「何ということをしてくれたのだ。もう少しで、民のひとりがあなたの妻と寝て、あなたはわれわれに罪を負わせるところだった。」(10節)

飢饉で苦しんだイサクは、ペリシテ人の王アビメレクの許可を得て領内に身を避けましたが、妻のリベカを妹と偽ったので王の部下がリベカを妻にするところでした。創世記20章で、イサクの父アブラハムはまったく同じ失敗をしていました。イサクは無自覚でしたが、父の弱さを引き継いでいた事が分かります。

あなたも、父と同じ弱さを持っていますか。母親と同じ欠点を持っていますか。私たちは、父や母の弱さや欠点を引き継ぐものです。それが事実なら、両親の長所や強さを必ずもらっているはずです。

シンガーソングライター馬場俊英の『右と左の補助輪』という歌は、子供を愛す親の気持ちを表した歌です。弱さや不完全さを持った子供を、親は無条件に受け入れ、愛すと歌います。補助輪なしで初めて自転車に乗った子の背中を見て涙が出たと歌います。自分が死んだ後もお前の光になって照らしてやりたいと歌います。
こうした親の心を私たちは忘れています。自分が子供であったとき、親から無条件の愛で受け入れられていました。自分が親になった時は、子供を誰よりも応援し、誰よりも誇りに思う親になっているはずです。

神は、アビメレクを通してきちんとイサクの非を叱りますが、見捨てません。同じように、神は私たちの弱さや失敗を知っていますが拒絶しません。弱虫でも、挫折しても、そのまま抱きしめてくれるのが神です。見て下さい、みっともない失敗をしたイサクを神は100倍の祝福で満たして下さいました。

イサクはその地に種を蒔き、その年に百倍の収穫を見た。主が彼を祝福してくださったのである。こうして、この人は富み、ますます栄えて、非常に裕福になった。(12~13節)

自分はダメな人間だとか、生きて行く価値のない存在だと言わないでください。今も、神の愛と祝福はあなたをおおっています。


3、父の業績と信仰

 こうして、この人は富み、ますます栄えて、非常に裕福になった。彼が羊の群れや、牛の群れ、それに多くのしもべたちを持つようになったので、ペリシテ人は彼をねたんだ。それでペリシテ人は、イサクの父アブラハムの時代に、父のしもべたちが掘ったすべての井戸に土を満たしてこれをふさいだ。そうしてアビメレクはイサクに言った。「あなたは、われわれよりはるかに強くなったから、われわれのところから出て行ってくれ。」(13~16節)

アビメレク王とペリシテ人はイサクをねたみ、井戸の取り合いが起き、アブラハムの掘った井戸は埋められ、領地から追い出されました。イサクは苦労しながらも、どこに行っても父の掘った井戸があることに気づきます。父さんはすごいな。イサクは父アブラハムの業績に改めて感心したはずです。

やがてパレスチナの南端ベエル・シェバにイサクは移動し、井戸も確保できて一息ついた頃、再び主はイサクに現れて下さいました。

主はその夜、彼に現われて仰せられた。「わたしはあなたの父アブラハムの神である。恐れてはならない。わたしがあなたとともにいる。わたしはあなたを祝福し、あなたの子孫を増し加えよう。わたしのしもべアブラハムのゆえに。」(24節)

イサクの父アブラハムの神であられた神が、今、息子イサクに声をかけて下さっています。具体的な生活において、恐れる必要はなくなったのです。弱さがあり、失敗したイサクであっても、神は共におられます。大収穫と家畜の増加に見られるように、神は祝福して下さいました。イサクに生まれる子供と子孫が増えるという約束も頂きました。それらは、すべて、父親アブラハムが神のしもべとして忠実に歩んだ信仰ゆえでした。

26~33節を読むと、喧嘩別れしたアビメレクが、イサクと友好同盟・平和条約を結びたいと申し出たことが書いてあります。驚くべきことです。アビメレクは、「主があなたとともにおられることを、はっきり見た」(28節)と述べ、「あなたは今、主に祝福されています」(29節)と証言しています。神の祝福は、第三者から明確に見えるのです。

 イサクは実感したことでしょう。自分が神の約束をもらえたことや、祝福をもらっていることは、自分の努力だけではない、先に父が主と共に歩いてくれたからだと。

そうです。私たちも、両親の愛と犠牲なしにここにいません。また、信仰を持った父と母がいるなら、両親の祈りと具体的な助けと愛がなければ今のあなたはないのです。

1933年、21歳で来日したドイツ人の神父、グスタフ・フォス(1912-1990)は、後に栄光学園という私立学校の校長になり長年日本で働き、『日本の父へ』という彼の本に以下のようなエピソードを載せています。
1965年、フォス神父は故国を出て実に32年ぶりにドイツに帰り、様々な仕事を済ませた後、実家のそばのカトリック教会を訪れ、彼のお父さんと交流の深かった地元の神父と会いました。教会の裏手にあったフォスのお父さんの墓の前で、その老神父は彼にこう言いました。
あなたが日本で立派な仕事をしていると聞いています。すばらしいことです。でも、それがどれほどお父さんのおかげをこうむっているか知っていますか。あなたのお父さんは偉かった。息子のお前に会いたくてたまらないと、時折私にもらしていました。いつかあなたに会えるだろうと死ぬ日まで思っていましたが、それもかなわなかった。父である自分が犠牲を払うことで息子を支えたい、そして、祈りによってあなたを助けたいと口癖のように言っていました。あなたのお父さんは本当に立派な人でした。あなたは精一杯やってきたけれど、あなたの力は、お父さんの力でもあることを忘れてはいけない。
グスタフ・フォス神父は当時50歳を過ぎていましたが、お父さんの墓の前で涙を止めることができませんでした。

イサクは、父アブラハムの労働、犠牲、信仰、祈りのゆえに神の祝福を受けました。
私たちも、父の労苦、母の愛に支えられ、親の祈りによって、今日、ここにあります。もし健在なら、手紙を書いたり、電話をしたり、直に話して父と母に感謝を表しましょう。そして、変わることのない神の守りに感謝し、神を賛美しましょう。

「わたしはあなたの父アブラハムの神である。恐れてはならない。わたしがあなたとともにいる。わたしはあなたを祝福し、あなたの子孫を増し加えよう。わたしのしもべアブラハムのゆえに。」(24節)

→あなたの番です
 □父の犠牲、母の愛のゆえ、今の自分があることを感謝する  
□欠点や弱さがあっても、私たちは神に愛されている
  □私たちも、祝福を次世代に伝える人になる