精鋭300人 士師記7:1~8

 ギデオンの声に応答して、3万2千人が集まった。ところが、イスラエルの兵が多すぎると主は言われた。

 そのとき、主はギデオンに仰せられた。「あなたといっしょにいる民は多すぎるから、わたしはミデヤン人を彼らの手に渡さない。イスラエルが『自分の手で自分を救った。』と言って、わたしに向かって誇るといけないから。(士師記7:2)

 敵のミデヤン人らは、8章10節によると13万5千人。普通に考えるなら、イスラエルの兵が多すぎることはない。主が望んでおられるのは、人間の力と勇気の総和による勝利ではなく、人知を超えた神の栄光だった。

 そこで、ギデオンは主の指示に従い、二段階に分けて兵隊を厳選した。

1、勇気ある者

 今、民に聞こえるように告げ、『恐れ、おののく者はみな帰りなさい。ギルアデ山から離れなさい。』と言え。」すると、民のうちから二万二千人が帰って行き、一万人が残った。(3節)

 敵が圧倒的に多数であると知るなら、悲観的な者は弱音をはき、志気をくじくだろう。否定的な態度は一気に伝染する。主が取られた方法は、勇気ある者のみを残す方法だった。

 ところで、あなたは勇気があるだろうか。

 勇気は、ある種の訓練によって鍛えることは可能だ。本番前に入念にリハーサルを繰り返せば、舞台では冷静になれるように。
 ただし、人間の深い恐れに対しては訓練はあまり意味をなさない。恐れの原因は以下の3つが考えられ、それのいずれもが、底なしの恐れに人間を引きずりこむ力を持っている。

1)将来が見えない
2)自分の名誉が失われる
3)自分の命を失う

 神の約束、神が共にいてくださることが、恐れを乗り越える本質的な力となる。

 あなたの神、主であるわたしが、あなたの右の手を堅く握り、「恐れるな。わたしがあなたを助ける。」と言っているのだから。(イザヤ41:13)

 明日が見えなくても、確かな方が手を握って誘導してくださる。

 そこで、わたしの友であるあなたがたに言います。からだを殺しても、あとはそれ以上何もできない人間たちを恐れてはいけません。(ルカ12:4)

 人間の名誉がなんぼのもんじゃ。すべての人間は100%死ぬ。イエスさまは、器の大きな方だ。このお方に励まされて、恐れに立ち向かおう。



2、備えのある者

 残った兵士は最初の3分の1、1万人になったところで、主から指示があった。ハロデの泉の水を兵士に飲ませ、その態度で判定を下すようにという指示だ(4~7節)

 犬のように両手をついて水を飲んだ者は失格となった。敵が近くにいるにも関わらず、あまりにも無防備だ。片手で水を飲み、周囲に目を光らせていた兵士を残した。その数、わずか300人となった。勇気と判断力のある兵士だけが残った。

 備えある兵士。我々もその一人になれる。聖書と祈りの中で、状況判断ができる。また、自分が何のためにここにいるのか分かっているなら、自分の普段の態度に緊張感が生まれる。「こんなことは、していられない」という使命感が育つ。パウロが言うように、キリストの兵士としての自覚が大切だ。

 キリスト・イエスのりっぱな兵士として、私と苦しみをともにしてください。
兵役についていながら、日常生活のことに掛かり合っている者はだれもありません。それは徴募した者を喜ばせるためです。(第2テモテ2:3~4)


 そこで彼らは民の糧食と角笛を手に取った。こうして、ギデオンはイスラエル人をみな、それぞれ自分の天幕に送り返し、三百人の者だけを引き止めた。ミデヤン人の陣営は、彼から見て下の谷にあった。(8節)

 残った兵士は最初の1%にすぎなかった。300人。この人数で大軍に当たることになる。

 あなたの前に立ちはだかる大軍とは何だろう。経済的な問題。子供の問題。親の介護。仕事での悩み。人間関係のもつれ。自分の病気や死の迫り。心の健康状態の悪化。逃げていれば、ふたをしておけば、と目をそむけて来た問題。

 クリスチャンにとっては、多くの人が神を知らないという現状も立ちはだかる大軍のように見える。

 主が共におられるなら、立ち向かえる。去るのではなく、共に戦おう。

 ジョージア州のシャーウッド・バプテスト教会の牧師の一人が、統計結果を見て唖然とした。今日のアメリカ人に最も大きな影響を与えるのは聖書でも教会でもなく、映画という統計結果だった。
 祈りの中で、ビジョンが与えられた。まるで、ギデオンが300人の兵士で大軍に当たるように、<それなら、映画で福音を伝えよう>と立ち上がり、教会もそれに賛同、教会員が俳優となり、教会員が撮影ボランティアとなり映画作りを支え、一般劇場で上映するまでとなった。それが、Facing the Giantsというスポーツ映画で、低予算ながら大きな反響を呼び成功した。2008年にはFireproofという消防士の物語を映画を世に送り、興行成績上位の大ヒットになった。内容は、壊れた夫婦の再構築で、主イエスの十字架の福音が鮮やかに語られている。

 さあ、あなたの番です。
□あなたの恐れは何ですか。
□主によって、恐れを乗り越えよう
□あなたの弱さや小ささの中に、神の栄光が表れることを信じ祈ろう


 ある者はいくさ車を誇り、ある者は馬を誇る。しかし、私たちは私たちの神、主の御名を誇ろう。(詩篇20:7)

導きを求めて 士師記6:33~40

 士師記は、神が不完全な者を用いる物語だ。今回は、不完全な者を大きな器に広げる神のみわざについて見ていこう。

1、逆風が勇者を作る

 33節によれば、ミデヤン人は他の東方民族と同盟を結び、ヨルダン川をすでに越えてイズレエルの谷に終結していたことがわかる。すでに、イスラエル人の喉もとに短刀を突きつけたも同じだ。これは大きな問題だ。逆風だ。まさにその時、主の霊がギデオンに下った。

 「主の霊がギデオンをおおった」(34節)

 真の勇者とは、逆風を推進力に変える者だ。まるでヨットのように逆風を前に進む力に変えることができる。

 あなたにとっての逆風とは何だろう。避けられない問題。すでに起きてしまったアクシデント、必ずやってくる嫌な事。それが、あなたを強くする。

士師記に登場するリーダーたち、オテニエル、エフタ、サムソンにも主の霊が力強く下っている。(士師記3:10、11:29、15:14)

主の霊におおわれた人は何かが違う。神の力があふれ出る。神からの知恵が与えられ、見事な判断を下す。器が大きくなる。輝きが出てくる。

 これは、共にいる(6:16)との主の約束が成就したといってもいい。

 あなたも、祈ろう。主の霊があなたをおおってくれるように。逆風の時こそ、神の力はあなたに現れる。


2、一人では何もできない

 ギデオンが次にしたことは、仲間を集めることだった。

 「彼が角笛を吹き鳴らすと、アビエゼル人が集まって来て、彼に従った。」(34節)

 親戚ともいえるアビエゼル人を角笛をならして召集した。偶像を破壊するというギデオンの勇気と姿勢はすでにこれらの人々に伝わり、尊敬を集めていたことだろう。ギデオンはアビエゼルの仲間にこれからすることを告げたはずだ。敵は大群だ、人数がいる。自分たちが所属するマナセ族への使者となってくれと頼んだはずだ。
 マナセ族が集まると天使がギデオンに現れた次第を語ったことだろう。北部にいた3部族、つまり、アシェル、ゼブルン、ナフタリ族にも声をかけることにした。最終的には、約3万人がギデオンのところに集合した。
 ギデオンは、これから何をするのかを明確に語った。。リーダーのすべきことは、目標をはっきりさせることだ。その目当てが、誰にとっても納得でき、かつ、心ときめくものなら、人々は自分の力をささげたいと思う。

 私たちは、一人では何もできない。誰かの助けが必要だ。あなたも、身近な人に声をかけよう。助けてほしい、祈ってほしいと、仲間を集めてほしいと声をかけよう。

 私たちも、主のために力を合わせよう。本当の幸せは主イエスを信じるところから生まれる。福音を伝えよう。神の愛を伝えよう。


3、寄り添う神

 ギデオンは主の霊におおわれていても、弱さを持っていた。3万人がそろっても、リーダーだけが経験する恐れや不安のため弱気になっていた。それで、神に再度、再々度、確認を求めた。
 最初は、羊の毛にだけ露が降りるように願った。次の日は、その逆に、羊の毛だけに露が降りないように願い、聞き届けられた。

  「ギデオンが翌日、朝早く、その羊の毛を押しつけて、その羊の毛から露を絞ると、鉢いっぱいになるほど水が出た。」(38節)

 神は、ギデオンを叱ったり、罰したりしなかった。むしろ、リーダーとしての孤独に悩むギデオンに寄り添ってくださるった。

→あなたの番です
□あなたの逆風とは何か
□私をおおって下さいと祈ろう
□他の人に伝えたい<幻>は何か
□力を貸して下さいと頼もう
□あなたは、ひとりじゃない

最初の使命  士師記6:25~32

 神は、不完全な者を育てながら、用いる方である。ギデオンの物語を読んでいて強くそう感じる。

1、小さく、すぐに、足元から 

 ギデオンは主に自分を用いていただこうと心に決めた。その夜、主が最初の指名を彼に与えた。

 その夜、主はギデオンに仰せられた。「あなたの父の雄牛、七歳の第二の雄牛を取り、あなたの父が持っているバアルの祭壇を取りこわし、そのそばのアシェラ像を切り倒せ。(士師記6:25)

 主は、規模で言えば小さいことをギデオンに命じられた。時間の流れで言えば、その夜すぐに命じられた。父親の偶像を壊す命令という視点でいえば、足元の問題から始めるようにという指示だった。

 主に用いられたいなら、小さく、すぐに、身近な事から始めよう。それが、弾みをつける。


2、70点の勇気でも

 ギデオンの勇気は100点とはいえなかった。昼間、大胆に父の偶像を壊すということはできなかった。夜、こっそりと、反響を恐れながら実行した。70点程度だが、最初はそれでいい。

 そこで、ギデオンは、自分のしもべの中から十人を引き連れて、主が言われたとおりにした。彼は父の家の者や、町の人々を恐れたので、昼間それをせず、夜それを行なった。(27節)

 かっこ悪くてもやってみよう。不完全ながらも実行しよう。祈り、決意し、勇気を振り絞り、体を動かしてみよう。


3、計算を超えた何かが起きる

 周囲の人々は像が壊され、祭壇が破壊されたのを見て腹を立てた。犯人探しをしてギデオンだと分かったので、彼の父親に処罰を迫った。殺せというのだ。

 すると、ヨアシュは自分に向かって立っているすべての者に言った。「あなたがたは、バアルのために争っているのか。それとも、彼を救おうとするのか。バアルのために争う者は、朝までに殺されてしまう。もしバアルが神であるなら、自分の祭壇が取りこわされたのだから、自分で争えばよいのだ。」(31節)

 ギデオンの父親は、ギデオンの想像を超えた動きをした。ギデオンの肩を持ったのである。もし、バアルが神なら自分で身を守れというのだ。それを聞いた民衆は、突然のように納得し、ギデオンの行為は蛮行ではなく、適切な行動であり自分たちの目を開いてくれた英雄としてあだ名までギデオンに付けてしまった。ありえないことが起きた。

 神に従う人は、計算を超えた偉大なことを起こす。神が介入してくださるので素晴らしいことが起きる。


→あなたの番です
□神が、あなたに与えた使命とは何ですか
□あなたの最初の一歩はどんな事ですか
□主のみわざが現れることを信じましょう

勇士よ 士師記6:11~24

 今日からシリーズでギデオンについて学びます。今年のテーマ「用いてください」をギデオンの成長の記録を通して掘り下げたいと願っています。

 指導者不在の時代、それが士師記の背景です。モーセが天に召され、後継者ヨシュアも死んだ後、イスラエルの民は約束の地に到着しながらも神を離れ、自分勝手に生きるようになりました。その結果、社会は乱れ、外敵の侵入を招きました。人々がやっと神を真剣に求めるようになると、神は指導者(士師)を用いて助けられました。士師記全体を読むと、不完全なリーダーすら用いられる神の姿が浮かび上がってきます。
 ミデヤン人は、らくだで移動する遊牧の民で、イスラエル人は彼らに7年間も悩まされました。(士師記6:1)大切な穀物を奪われ、町は荒れ果てました。


1、Mighty Warrior  <神の視点>

 そんなとき、主の使いがギデオンに現れ、こう言いました。

 主の使いが彼に現われて言った。「勇士よ。主があなたといっしょにおられる。」(12節)

 「勇士」(Mighty Warrior)と呼ばれてもギデオンは何の反応も示しません。むしろ憤りを伴う否定的な返答をしました。神がいるなら、なぜこんな事が起きた。かつての神の奇跡はどこにいった。神に見捨てられたも同然だ。(13節)

 ギデオンは、悲観的で懐疑的でした。しかし、神は、現在のギデオンの中に、未来の勇者の姿を見ておられました。ここに神の視点があります。
 我々はともすると人の目を気にしがちですが、神の目にもっと注目しましょう。

 主イエスが、頼りないシモンにペテロ(岩という意味)という名を与えたことをみると、神というお方は人を全く違う視点で見ていることが分かります。

 神は、今日、あなたをどんな名で呼んでくださるのでしょう。


2、You  <動き出せ>

 神はギデオンの「なぜ」という質問にどう答えたでしょうか。御使いの答えは神の答えと考えることができます。

 すると、主は彼に向かって仰せられた。「あなたのその力で行き、イスラエルをミデヤン人の手から救え。わたしがあなたを遣わすのではないか。」(14節)

 神はギデオンの質問を完全に無視しているのでしょうか。いいえ、神はギデオンの質問に正面から答えておられるのです。答えは、YOUです。あなたの疑問、悲嘆、絶望に対する答えは、<あなた>だ。ミデヤンから人々を救うのは、あなただ。

 ダイアナ妃は1991年、AIDSの病院を訪ねました。弱りきった男性患者のそばに来たダイアナ妃は、患者のベッドに腰掛ました。その時、自分自身にこう言ったそうです。Diana, do it, just do it. ダイアナ妃は心を込めて、その患者を抱きしめました。男性は泣いたそうです。この瞬間が、彼女を次のステップへと引き上げました。

 神は、あなたに言われます。問題解決の鍵はあなたが握っている。あなたがしなさい。

 神は、不完全で欠けの多い者すら用いることができるのです。


3、I will be with you. <主はこれからも共にいる>

 主は、ギデオンをサポートするために、こう約束されました。

 主はギデオンに仰せられた。「わたしはあなたといっしょにいる。」(16節)

 さあ、動き出そう。長い列車の先頭の機関車があなただ。神は、その列車の最後部に強力な機関車を連結し、こう言われる、「さあ出発しよう。わたしがいっしょだ。急勾配も心配いらない。わたしが力を貸そう。わたしはいつもいっしょだ。」

 I am with you.と神に言われると嬉しいですね。この箇所の英語聖書NIVにあるように、I will be with you.と明確に言われると、将来の保証も含むのでさらに勇気が出てきます。

 モーセも、ヨシュアも、同じ励ましを神からもらい、奮い立ちました。(出エジプト3:12、ヨシュア1:5)十二弟子も同じです。(マタイ28:20)

 1996年2月ワシントン州の中学で14歳の男子学生が銃で生徒2人、教師1人が射殺した。学校を守ろうと父兄たちが立ち上がったが、その中に、コリーン・トラフスという主婦がいた。毎日のように学校にでかけ、生徒に声をかけ、10月には専任の職員となり生徒に心を配ったが、12月、別の生徒が家庭で女兄弟と母親を殺害する事件が起きてしまった。
 コリーンは、祈った。祈り続ける中で、アイディアが生まれた。同情心、尊敬、責任、忍耐力、の4つを生徒に教えよう、考えさせよう、学校を挙げて、地域を巻き込み、大切な心を育てようと立ち上がった。布に書いた4つの言葉を150枚学校に張った。地域の店にも張らせてもらった。町は変わり始めた。
 
 ギデオンは、神の言葉を受け止め、いけにえをささげ、祭壇を築くことで献身の姿勢を表明しました。(9~24節)

 さあ、あなたの番です。
 
□問題解決のスタート地点が自分にあると認識しよう。
□隣人を愛すため、動き出そう。
□主と福音のため、あなたのできることをしよう。
□小さな一歩があなたを励ます。まず、小さな事を今日しよう。

用いてください マルコ11:1~10

 新年明けましておめでとうございます。新年は私たち日本人にとって、心をリセットするのに良い機会です。
 当教会の今年のテーマは「用いてください」です。私たちが、<主よ私を用いてください>という姿勢でいると、私たちの人生はまったく違うものになります。
 
1、驚き

 今日の聖書箇所には、意外性の気分が漂っています。「えっ!」ロバですか。

 さて、彼らがエルサレムの近くに来て、オリーブ山のふもとのベテパゲとベタニヤに近づいたとき、イエスはふたりの弟子を使いに出して、言われた。「向こうの村へ行きなさい。村にはいるとすぐ、まだだれも乗ったことのない、ろばの子が、つないであるのに気がつくでしょう。それをほどいて、引いて来なさい。
もし、『なぜそんなことをするのか。』と言う人があったら、『主がお入用なのです。すぐに、またここに送り返されます。』と言いなさい。」(マルコ11:1~3)

 主イエスは都エルサレムに入る際、あえてロバの子に乗って行かれました。救い主の登場、旧約に預言されたダビデの子なら馬に乗ってさっそうと登場してもいいはずですが、選ばれたのはロバでした。

 主イエスがロバを必要とされたのは、旧約聖書の預言の成就のためでした。神が遣わされる救い主は同時にまことの王であり、ロバに乗って来られるとゼカリヤ書に預言されています。

 「シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜わり、柔和で、ろばに乗られる。それも、雌ろばの子の子ろばに。」(ゼカリヤ9:9)

 主イエスは、馬ではなくロバが必要だったのです。

 オリーブ山は、山というより岡で、約4キロにわたる峰です。ベタニヤからエルサレムまでは3キロという近さでした。主イエスは、オリーブ山からロバに乗り、谷を下り、谷を上り、エルサレムの城壁の東側にあった門を目指して進まれたことでしょう。

 主イエスがロバに乗ってエルサレムに向かうと、沿道の人々は「ホサナ」と叫んで喜び迎えました。
 ホサナは、アラム語の「ホーシーアー・ナー」で、元来は「今、救ってください」という意味です。この言葉は、本来の意味が失われて、賛美に伴う感嘆詞として使われ、「栄光あれ」とか「万歳」という意味になっていました。人々が主イエスを救い主として喜んで迎えた場面が生き生きと伝わってきます。

 そこで、ろばの子をイエスのところへ引いて行って、自分たちの上着をその上に掛けた。イエスはそれに乗られた。すると、多くの人が、自分たちの上着を道に敷き、またほかの人々は、木の葉を枝ごと野原から切って来て、道に敷いた。
 そして、前を行く者も、あとに従う者も、叫んでいた。「ホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に。祝福あれ。いま来た、われらの父ダビデの国に。ホサナ。いと高き所に。」(マルコ11:7~10)


2、忘れがたい言葉

 1~6節は、主イエスがロバを必要とされ、弟子たちがそのために使いに出されたという内容です。全体の話の流れから、それほど必要と思われない挿話です。
 ですが、マタイもルカもこの出来事を記録しています。それも、主イエスが弟子に依頼した同じ言葉を実際に弟子が繰り返している場面まで書かれています。

 こうしてみると、主イエスの言葉は弟子たちにとって忘れがたい言葉になったようです。主イエスの言葉は、私たちの心の中に良い意味で引っかかりを残すものが多いのです。

 「もし、『なぜそんなことをするのか。』と言う人があったら、『主がお入用なのです。すぐに、またここに送り返されます。』と言いなさい。」(マルコ11:3)

 弟子たちは、ロバの持ち主に正しく伝達するため、心で反復したことでしょう。主がお入用なのです、主がお入用なのですと。
 NIVでは、The Lord needs it. となっています。主はロバを必要としている。ロバは。馬のように速く走れない。馬のようにかっこよくない。ロバとは自分のことではないか、と弟子は考えたかもしれません。



3、あなたの応答

 主イエスは、今日、あなたを必要としています。あなたでなければできない事があるのです。全能の神である主イエスが、あなたを必要としています。どうしてもあなたが必要なのです。

 一人の男の子が1918年、ノースカロライナのシャーロットという田舎町の農家の息子として生まれました。16歳の時、主イエスを信じましたが、背が少し高いくらいでどこにでもいる普通の男子高校生でした。
友達を伝道集会に誘うのに熱心だったので、先生にそのことを皮肉られ、クラスの仲間に笑われたりしました。先輩のクリスチャンに誘われて刑務所伝道にでかけて初めて救いの証しをした時は膝ががくがく揺れて決して伝道者にはなるまいと心に決めたといいます。でも、主イエスを伝えたい熱意が強く、フロリダの聖書学校に入学しました。礼拝の説教を依頼され、一生懸命準備して、何度も声に出して練習し、当日を迎えましたが、メッセージは8分で終わってしまいました。練習では30分かかった内容だったのに。
 そんな彼でしたが、次第にクリスチャンでない大勢の人の前で主イエスが救い主であると力強く語れるようになり、多くの人が信じるようになりました。
 テンプル・テラス・ゴルフコースの18番ホールである晩彼は祈りました。If you want me to serve you, I will. これがビリー・グラハムの20歳の時の経験です。
 ビリー・グラハムはラジオやテレビを含めると20億人に福音を伝えたことになり、250万人の人がクルセードで前に出て主イエスを信じました。
 ビリー・グラハムは、この地上を終えて主イエスにお会いできたときには、「なぜ、私を選んだのですか」と聞きたいと自伝に書いています。取るに足らない農家出身の自分を用いられた主イエスへの驚きがそこにあります。


 さあ、あなたの番です。

 自分が弱くて、罪深いと思っていますか。でも、主イエスはあなたじゃなければだめだ、と言っているのです。主イエスが求めているのは、あなたの能力なんかじゃないのです。「あなたが必要だ」と言われる主イエスの言葉への従順さです。

□あなた自身を、「用いてください」とささげましょう。
□あなたのどんな分野を通じて主に用いていただきたいですか。
□あなたの親友を教会に連れてくるとしたら、どんな教会であってほしいですか。そのためにあなたは何ができますか。
□<幸せの発信地>になるため、あなたに何ができますか。
□用い続けていただくために、毎朝聖書を読みましょう。

心を尽くして主に感謝 詩篇9篇

 私たちが幸せになったり、不幸せになったりする原因のほとんどは、言葉です。悪い言葉を聞けば、失望し、苦しみます。良い言葉を聞くと、元気になり、温かい気持ちになれます。
 人から「ありがとう」と言ってもらえると、苦労がすっと飛んでいきます。実に不思議なものです。今年最後の礼拝で、感謝することの素晴らしさを確認しましょう。



1、感謝すると、愛されていることが分かる

 「私は心を尽くして主に感謝します。あなたの奇しいわざを余すことなく語り告げます。」(詩篇9:1)

 これは詩篇9篇の主題であり、結論です。心を尽くしてとは、神がしてくださった事を、ひとつひとつ思い返したということです。
 感謝する能力があるとすれば、それは、隠れた努力や忍耐、注がれた愛に気がつく推察力と言い換えればいいでしょう。見えないところに隠れた神の愛や配慮に気づくことが、感謝です。

 主のして下さったことを数えましょう。今年、主から受けた恵みを一つ一つを感謝しましょう。あなたも、主に守られたことでしょう。そして、神に忘れられていません。

 「主はしいたげられた者のとりで、苦しみのときのとりで。」(9節)
 「血に報いる方は、彼らを心に留め、貧しい者の叫びをお忘れにならない。」(12節)
 
 結婚が近づき、花嫁が「お父さん、お母さん、ちょっと話があるの」と言いますね。そんなふうにした人はどのくらいいるでしょうか。両親も、「なんだい、改まって」と言いながら、実は、何を言うのか分かっています。「長い間お世話になりました」感謝する娘も涙、感謝される親も涙になります。親の愛と犠牲に見合う物やお金を返すことは不可能です。でも、ありがとうと言うなら、心は伝わるのです。親もそれ以上は求めません。
 神に対して、同じように感謝しましょう。感謝すれば、するほど、神に愛されていることに気づきます。



2、感謝すると、将来が明るくなる

 「御名を知る者はあなたに拠り頼みます。主よ。あなたはあなたを尋ね求める者をお見捨てになりませんでした。」(詩篇9:10)

 神を信頼する者を、神は見捨てることがありませんでした。これは過去形です。それで、御名を知っている者は、これからも神に頼ります。これは未来形です。

 感謝することは、あなたの将来を明るくします。過去の感謝が、未来の安心を引き寄せるのです。今まで、神は、こんなに良くしてくださった。それなら、明日の心配はいらない。

 逆に言えば分かりやすいですよ。今、感謝をしない人の未来は、暗くなるのです。未来を造るのはあなたかもしれません。今の感謝が、将来の輝きを支えるのです。



3、感謝すると、礼拝者になれる

 「私は、あなたを喜び、誇ります。いと高き方よ。あなたの御名をほめ歌います。」(詩篇9:2)

 感謝は、神のして下さった事実を土台にお礼を言うことです。感謝を続けると何が起こりますか。それは、恵みを下さる神ご自身が素晴らしいという確信を与えてくれます。もらったプレゼントが素晴らしければ、しばし、感激しますが、そのプレゼントを下さる神こそが、本当に素晴らしいと分かります。これが賛美です。そして、賛美とは礼拝の中心です。

 あなたが、感謝する人になれば、礼拝する人、賛美する人になっていきます。

 エレナ・デッセリッチちゃんは、5歳で脳腫瘍になり、6歳で亡くなりました。両親は子供にしてやれる治療のすべてを行い、余命わずかと分かったときには思い出作りのためエレナちゃんの喜ぶことをすべてしてあげました。
 亡くなった後、親が子供の机の引き出しを開けると、小さな紙が出てきました。「お父さん、お母さん、妹のグレース、大好き、ありがとう」と書いてありました。本棚から本を出すと、小さなメモが出てきました。その数は何百枚にもなり、家の中のあちこちに隠してありました。亡くなって2年たってもびっくりするような場所からメモが出てきました。

あなたの番です。
□まず、身近な人に、感謝しましょう。目を見て、心を尽くして、伝わる感謝をしましょう。
□神に感謝しましょう。一人で時間を取り、今年一年の感謝を具体的に思い出し、ノートに書き、祈りの中で神に感謝しましょう。

クリスマスの意味  マタイ1:18~25

 ラジオのスイッチを入れると、クリスマスは一年で最も素晴らしい時、と英語のスタンダードナンバーが聞こえてきます。
 なぜ、クリスマスは素晴らしいのでしょうか。今日は、クリスマスの意味を考えてみましょう。


1、クリスマスは、救い主の誕生

 日本のクリスマスは恋人たちのビッグイベントの代名詞になりました。アメリカでは家族のリユニオンの時です。

 本当のクリスマスの意味を一言でいいましょう。私たちを罪から救う<救い主>が生まれた、これがクリスマスの意味です。

 マタイの福音書をしばらく読んでみましょう。

 イエス・キリストの誕生は次のようであった。その母マリヤはヨセフの妻と決まっていたが、ふたりがまだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重になったことがわかった。夫のヨセフは正しい人であって、彼女をさらし者にはしたくなかったので、内密に去らせようと決めた。
 彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現われて言った。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」
(マタイ1:18~21)

 聖書は道徳の本としては素晴らしいが、奇跡があるから信じられないという人が多いです。2000年前のユダヤ人ヨセフも現代人と同じ感覚を持っていました。自分に見覚えのないマリヤの妊娠をどう考えたらいいのか。婚約者のマリヤが妊娠したと知らされ、悩み苦しんだのです。

 神が本当におられたなら、と私と一緒に考えてください。時間と場所の制限を受けない神がいて、天と地のすべてと人間を造られた神がいたとしたらどうでしょう。宇宙の法則を定め、人間の体とDNAのすべてをつかさどり、物質の最小単位の原子、素粒子などのすべてを考案された方がいたらどうでしょう。その全能の神が、ある時、ご自分の造られた法則を一時的に変更することは不可能でしょうか。いいえ、可能です。奇跡は、全能の神を前提とすれば論理的にうなずけることなのです。

 マリヤは、天使ガブリエルとの出会いを詳細にヨセフに語ったことでしょう。ルカ1:26~38に詳しく書かれています。
 ヨセフは、マリヤを愛していました。けれども、常識と理性もあったので、マリヤの言うことは受け入れられません。それで、内密に婚約破棄し、スキャンダルの的にさせないようにと配慮しました。ヨセフができる精一杯の思いやりが表れています。

 処女降誕。ありえないことが起きたのです。けれども、救い主の誕生には、ありえない事がどうしても必要だったのです。
 人の罪を身代わりに背負うためには、救い主が罪があっては身代わりになりえません。普通の人間と同じように生まれて来たなら、それはただの人に過ぎません。聖霊によって誕生した方なので、罪人の身代わりになれるのです。
 また、この特別な誕生方法は預言者イザヤによって預言されていました。つまり、アクシデントではなく、予定通りなのです。イザヤ7:14「見よ。処女がみごもっている。そして、男の子を産み、その名を『インマヌエル』と名づける。」(参照:マタイ1:22~23)

 神のひとり子が、神の栄光をかなぐり捨て、人間の姿をとって生まれてくださいました。当時ですら、家畜のえさ箱に寝かされる赤ちゃんなどいませんでした。貧しさの極みの夫婦のもとに生まれてくださいました。
 主イエスは、人として人生を送り、私たちが経験する悩みや悲しみや苦痛をすべて味わってくださいました。このようにして、私たちの救い主は来てくださったのです。その最後には、私たちの罪を背負って十字架で死ぬという最後が待っていました。

 ヨセフが悩んでいると、主の使いが夢に現れ、マリヤの言葉の正当性を教えてくれました。ヨセフは、これで吹っ切れました。離縁をやめました。ヨセフは男だな、と私は思います。

 ヨセフのこの決断によって、主イエスはヨセフの家系と認められました。(マタイ1:16)それゆえに、主イエスは旧約聖書が預言したとおり、ダビデの子として生まれたのです。



2、救い主を心に受け入れよう

 クリスマスが救い主の誕生であると分かっても、それだけではもったいない。主イエスは、いわば神からあなたに贈られた最高のプレゼントです。そのプレゼントの箱を空けずに横に置いていたら何にもなりません。受け取ることによって初めてその人のものになります。主イエスを心に受け入れ、信じましょう。それが、神のプレゼントを受け入れることです。

 フランシス・コリンズという人は、エール大学で物理化学の博士を取得、ノースカロナイナ大学の医学博士にもなった秀才です。
 インターンの時、お年寄りのクリスチャンから質問され、それが心に重く響きました。「あなたは何を信じているのですか」治療不可能な重度の狭心症で日々耐え難い痛みと戦っていたその患者は神を信じて平安を持っていました。
 フランシスは意図的に神に背を向けてきました。けれども、背中を押されるようにして、様々な宗教の本を読みましたが混迷は深まりました。近くにあったメソジスト教会の牧師に質問にいったおり、C・S・ルイスの「キリスト教の精髄」を紹介され、読んでみました。自分の持っていたひとつひとつの疑問がわずかな言葉で的確に説明されているのを見て驚きました。それに触発され、クリスチャンになりました。
 フランシスは、後にヒトゲノム計画の責任者となるなど、遺伝子分野の有数な学者として知られるようになり、テレビのインタビューに登場し、はっきりと自分の信仰を語っています。主イエスは、私の救い主だと公言しています。

 聖書は、主イエスが救い主であることをあなたに伝え、あなたが信じて本当の命を受けられるようにと書かれたものなのです。

 「しかし、これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである。」(ヨハネ20:31)

 あなたが、プレゼントの包みを開くときが来ました。
主イエスをあなたの救い主として信じましょう。そのとき、本当のクリスマスの喜びがあなたに届きます。

 クリスチャンのあなたにも最後に一言。堂々と主イエスが救い主であると人々に伝えましょう。