詩篇46:1~11  神はわれらの避け所


 1986年、バイオリニスト五嶋みどりさんはタングルウッド音楽祭でオーケストラと共演中にバイオリンのE弦を切ったことがありました。14歳だったみどりさんは、コンサートマスターのバイオリンを借りて続きましたが、再び切れてしまいました。再度バイオリンを借りて最後まで弾ききりました。助けられて演奏を全うしました。
 今日の詩篇で一番私が心に残る言葉は、「そこにある助け」です。


1、そこにある助け

詩篇46篇全体を見て下さい。助けを求める言葉がありますか?いいえ。
この詩篇は、苦しみの中で助けを願った詩篇ではありません。どんな苦難がやって来たとしても恐れないという信仰の歌です。将来に向けて、主の守りを確信している詩です。

神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。
それゆえ、われらは恐れない。たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。
たとい、その水が立ち騒ぎ、あわだっても、その水かさが増して山々が揺れ動いても。
(1~3節)

1~3節は、私たちが苦しむ時、神の助けは必ずそこにあるから、どんな事態にも恐れないと述べています。
そこにある助けの「そこ」とは、大きな試練や困難を意味します。新共同訳聖書では「必ずそこにいて助けてくださる。」と訳しています。苦しみのある場所に、神の助けが必ずあるのです。

川がある。その流れは、いと高き方の聖なる住まい、神の都を喜ばせる。
神はそのまなかにいまし、その都はゆるがない。神は夜明け前にこれを助けられる。
国々は立ち騒ぎ、諸方の王国は揺らいだ。神が御声を発せられると、地は溶けた。
万軍の主はわれらとともにおられる。ヤコブの神はわれらのとりでである。
(4~7節)

 4~7節は、神が恵みは川のように流れ出ており、主は寝ている間に救って下さると述べています。
 川は、豊かさ、命、うるおいを表しています。実は、エルサレムに川などありません。エルサレムは山の上の町で、町の中にも、町の周囲にも川は流れていません。夏は一滴の雨も降りません。ギボンの泉という水源が離れた場所にあり、岩盤をくり貫いた地下水道で市内に水が引き込まれているだけでした。

 詩篇の作者は、信仰の目でエルサレムを見ています。神の恵みが大きな川のように都エルサレムに流れ込む姿を見ているのです。目で見える景色が真実の景色とは限りません。神がエルサレムの真中におられ、恵みの川で町中を潤しているのです。
 あなたも、信仰の目を開いてみましょう。神の恵みの大河が流れています。

 来て、主のみわざを見よ。主は地に荒廃をもたらされた。
主は地の果てまでも戦いをやめさせ、弓をへし折り、槍を断ち切り、戦車を火で焼かれた。
「やめよ。わたしこそ神であることを知れ。
わたしは国々の間であがめられ、地の上であがめられる。」
万軍の主はわれらとともにおられる。ヤコブの神はわれらのとりでである。
(8~11節)

 8~11節は、神が戦争を終わらせ、勝利を与えて下さったと書いてあります。神の前では、弓も槍も戦車も兵隊も、何の意味もないことが分かります。
 神が、「やめよ」と言って下さるなら戦争も止むのです。争いや試練で心騒ぐとき、心を静め、主こそ神であることを知る必要があります。

 46篇で同じフレーズが繰り返されていますが、これは46篇の核です。大軍を率いた神が私たちと共におられる。ヤコブを愛し守られた憐れみの主こそが、私たちの砦となって下さるのです。

 万軍の主はわれらとともにおられる。
ヤコブの神はわれらのとりでである。(7、11節)

 あなたも、あなたの人生を振り返って下さい。また、最近受けた主の助けを思い出して下さい。あぶない所で主が介入して下さった経験があるはずです。そこをしっかり押さえて、あなたの感謝ノートに赤線を引き、記憶のしおりを挟んでおきましょう。そうすれば、詩篇の作者と同じ確信に立てます。神はわれらの避け所、また力、苦しむとき、そこにある助けと言えます。


2、包囲されても

 主が外敵から救って下さった記録が聖書にあります。
 紀元前701年、神の都エルサレムはアッシリヤの大軍に包囲され絶対絶命の危機に立ちました。(イザヤ37章)ユダの王ヒゼキヤは神殿に行き主の助けを求めました。主は、驚くような方法でその祈りに答えて下さいました。聖書学者たちは、この出来事が詩篇46篇の背景にあると考えています。

 主の使いが出て行って、アッシリヤの陣営で、十八万五千人を打ち殺した。人々が翌朝早く起きて見ると、なんと、彼らはみな、死体となっていた。(イザヤ37:36)

 宗教改革者ルターは、この詩篇から強い感化を受け、1527~9年に賛美歌を作詞し作曲しました。それが賛美歌267番です。宗教改革の先頭に立ち、命を狙われていたルターにとって詩篇46篇は心励まされる特別の詩篇だったようです。

 イギリス人のウイリアム・ケアリーは、インド宣教に出かけたプロテスタントの世界宣教の先駆者でした。インドの言葉、ベンガル語に聖書を翻訳する働きをしていましたが、ある時、火災が起きて、大切な原稿を失い意気消沈しました。ですが、主がもっと完成度の高い翻訳を望んでおられると理解し、初めからやり直し、1801年に完成させました。

どんな苦難の時にも、主は私たちと共におられ、助けて下さいます。苦しみがあるなら、必ず、主の助けがそこにあります。主は私たちと共におられます。

 「神はわれらの避け所、また力、苦しむとき、そこにある助け。」(1節)


 →あなたの番です
  □神はわれらの避け所
  □苦しむとき、そこに神の助けがある
  □万軍の主は、「やめよ」と言って苦難を終わらす方