ヨハネ17:1~26 主イエスの祈り

 主イエスは信じるに値する方です。主イエスを信じて、まことの命を得てほしい。ヨハネが福音書を書いた中心目的がそれでした。(ヨハネ20:31)

 1~12章は、主イエスの奇跡が語られています。13~17章は、主イエスの人柄が語られています。ですから、主イエスの奇跡を土台に主イエスを信じることもできるし、主イエスの人格に触れて主イエスを信じてついて行くことができるのです。

 今日の箇所、17章を読みましょう。主イエスは、奇跡を行うだけでなく、教えるだけでなく、愛してくれるだけでなく、あなたのために祈ってくれる方だと分かります。

1、栄光をあらわして下さい(1~8節)

 主の祈りの最初の部分は、神の栄光があらわされることです。

イエスはこれらのことを話してから、目を天に向けて、言われた。「父よ。時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現わすために、子の栄光を現わしてください。(1節)

今は、父よ、みそばで、わたしを栄光で輝かせてください。世界が存在する前に、ごいっしょにいて持っていましたあの栄光で輝かせてください。(5節)

 栄光とは何でしょう。圧倒的な光によって、神の力、神の聖さ、神の威厳などが表されることです。

主イエスは、この数時間後、逮捕され、拷問を受け、鞭で打たれ、無残にも十字架で死んでいきました。表面的には栄光のかけらもありません。けれども、この姿にこそ、神の栄光があらわれたと私は理解しています。4節から分かるように、神の栄光とは、父なる神のみこころ行う所にあらわれるからです。

あなたがわたしに行なわせるためにお与えになったわざを、わたしは成し遂げて、地上であなたの栄光を現わしました。(4節)

 初期の科学者たちは、神がおられるので宇宙、自然に秩序があると理解し、神の栄光のために化学を行いました。天文学者ケプラーの言葉をご紹介します。彼もまた、神の栄光を求めた一人です。
 「私たち天文学者は、自然の書についての祭司なのです。自分たちの考えに栄光を求めるのではなく、神の栄光を求めるのです。」

私たちも、私たちの人生を通して神の栄光をあらわして下さいと祈りましょう。


2、弟子のための祈り(9~19節)

 「私は彼らのためにお願いします」(9節)と、主イエスは祈りました。これは、弟子たちのための祈りです。主イエスは、今も、祈っておられます。あなたのために祈っておられます。ただし、過保護ママのようには祈りません。

彼らをこの世から取り去ってくださるようにというのではなく、悪い者から守ってくださるようにお願いします。(15節)

 弟子たちは、主イエスに遣わされた存在です。ちょうど、父なる神が主イエスを世に使わされたのと同じです。この世と聖め分かたれ(17、19節)、神の栄光をあらわすように(10節)と期待されています。

 あなたがわたしを世に遣わされたように、わたしも彼らを世に遣わしました。(18節)

 スザンナ・ウエスレー(1669年生まれ)は、たくさんの子供をイギリスで育てました。子供たちが5歳を過ぎるとスザンナは、毎晩時間を取って、一人の子供に、台所で主イエスのことを教えました。イギリスを流血革命から守ったといわれるジョン・ウエスレーは彼女の15番目の子供で、やはり母から聖書を学びました。
 主イエスが弟子たちのために祈られたように、スザンナも子供のために教え、祈りました。スザンナの語る言葉を聞きたいと200人が集まったことがあるといいます。

 主イエスが私たちのために祈っていてくださると知るだけで、何かこう勇気が出てきませんか。私たちの応援団長が主イエスなのです。片時も私たちのことを忘れないでいてくれます。


3、弟子に導かれる人達への祈り(20~26節)

 弟子たちに導かれた新たなクリスチャンを想定して、主イエスは祈られました。主イエスがいなくなった後、十二弟子が働きを引き継ぐと、主イエスは確信していたのです。弟子の次の世代も多くなると主イエスは見通しておられました。壮大なビジョンです。

わたしは、ただこの人々のためだけでなく、彼らのことばによってわたしを信じる人々のためにもお願いします。(20節)

 私たちも、信仰が自分だけで終わってしまわないように、誰かに救いを伝えましょう。あなたが救いに導いた人で終わってもいけません。その人たちが次の人にバトンタッチできるようにも祈りましょう。

 血のつながる家族という面で言えば、子供がクリスチャンになるように祈り導き、孫もクリスチャンになるよう祈り励まし、ひ孫もクリスチャンになるように祈るという具合です。
 誰かを救いにに導くという側面でいえば、私→私が決心に導いた人→その人が導いた人、という順番になります。その3代目の人のためにも、その次の世代のためにも祈りましょう。パウロも同じようなことを言っています。

 「多くの証人の前で私から聞いたことを、他の人にも教える力のある忠実な人たちにゆだねなさい」(第二テモテ2:2)

 最終的には、どんなに多くのクリスチャンが生まれても、ユニティーを失っては台無しです。。三位一体の神の交わりに信じた者が入れてもらい、その交わりが一つであり続けることが神の栄光につながります。

それは、父よ、あなたがわたしにおられ、わたしがあなたにいるように、彼らがみな一つとなるためです。また、彼らもわたしたちにおるようになるためです。そのことによって、あなたがわたしを遣わされたことを、世が信じるためなのです。(21節)

 まとめましょう。
 主イエスは、常に神の栄光を求めながら、父なる神と親しく語り合う方です。父なる神と御子主イエスとの親しい交わりにわたし達を招き入れてくれる方です。
その交わりにしっかりコネクトできるように、主イエスは私たちのために祈り、私たちの次の世代のためにも祈られました。
 主イエスのような素晴らしい紹介者はいません。主イエスに仲介していただいたのですから、もっと神を親しく神を知る者、神の栄光をあらわす者になりたいですね。
 そして、私たちも、3つの祈り(=神の栄光をあらわせるよう、次の世代のための祈り、その次の世代のための祈り)をしていきましょう。

 モニカは、331年に北アフリカに生まれた女性でした。結婚相手は暴力を奮う男。息子は放蕩して手がつけられません。それで、いつしか、祈りの人になりました。
息子が主イエスのもとに導かれるようにと祈っていたとき、司教から「涙の子は滅びない」と励まされました。この息子が、後に歴史に名高い神学者になりました。モニカはアウグスティヌスの母なのです。
一人の涙の祈りが、息子という次の世代を導き、その息子により次の世代にまで影響を残す祈りとなっていきました。主も、私たちの涙の祈りを知っていて下さいます。「わたしはあなたの祈りを聞いた。あなたの涙も見た。」(イザヤ38:5)


→あなたの番です
 □今週、祈る人になりましょう。
 □自分のために祈り、弟子や子供のために祈り、孫や将来救われる人のために祈りましょう
 □神の栄光のために祈りましょう。