第1サムエル29:1~11 敵軍のダビデ


 窮地に陥った時、あなたはどうしますか。

1、窮地に陥ったダビデ

さて、ペリシテ人は全軍をアフェクに集結し、イスラエル人はイズレエルにある泉のほとりに陣を敷いた。ペリシテ人の領主たちは、百人隊、あるいは千人隊を率いて進み、ダビデとその部下は、アキシュといっしょに、そのあとに続いた。(第1サムエル29:1~2)

 アフェクに集合したペリシテ軍の中に、ダビデとその部下がいた。ダビデはアキシュから厚い信任を受け、アキシュの護衛を担うよう命じられていた。(28:1~3)ダビデは綱渡りを続けていたが、ついに窮地に陥った。
 このままでは、ダビデはイスラエル兵と戦うことになる。ダビデはどんな気持ちで戦列にいたのだろう。あなたなら、この場をどう切り抜けるだろう。
ダビデが選べる道は4つある。①ペリシテ軍としてイスラエル兵と戦う、②途中でペリシテを裏切る、③和平工作をする、④逃亡する。

 ①ダビデがイスラエル兵の命を奪うなら、将来イスラエルの王となることは困難だ。イスラエル人はダビデを王として認めないだろう。
 ②ペリシテを裏切り、アキシュを含めたペリシテの領主の命を奪うなら、ダビデは一宿一飯の恩義に反することになる。恩人を殺すことになるからだ。
 ③ダビデが仲介者となって和平工作をし、両軍に平和条約結ばせる道もある。だが、これは机上の空論だ。ペリシテが優勢だし、サウルが従うはずはない。
 ④ダビデが途中で逃げたなら、イスラエルからもペリシテからも軽蔑される。ダビデは自己保身に走った姑息な男とレッテルを貼られ、放浪者となるしかない。

 サウルが霊媒に頼ろうとした同じ日に、ダビデも決戦を明日に控えて悶々としていたはずだ。嘘と残虐行為と不信仰を1年以上続けて来たので、ギリギリのタイムリミットを迎えてもダビデは自分で道を切り拓くことはできなかった。
 ダビデと今のあなたは似ていますか。

 
2、あわれみ深い主の助け

すると、ペリシテ人の首長たちは言った。「このヘブル人は何者ですか。」アキシュはペリシテ人の首長たちに言った。「確かにこれは、イスラエルの王サウルの家来ダビデであるが、この一、二年、私のところにいて、彼が私のところに落ちのびて来て以来、今日まで、私は彼に何のあやまちも見つけなかった。」(3節)

 ペリシテの領主らがアキシュに猛烈に抗議したが、アキシュはダビデをかばった。

ペリシテの首領たちは、「この男を帰らせてください。あなたが指定した場所に帰し、私たちといっしょに戦いに行かせないでください。戦いの最中に、私たちを裏切るといけませんから。」と強く主張し、この男こそが「サウルは千を打ち、ダビデは万を打った」と流行歌にまでなった強敵だと不信感を募らせた。(4~5節)

そこでアキシュはダビデを呼んで言った。「主は生きておられる。あなたは正しい人だ。私は、あなたに陣営で、私と行動を共にしてもらいたかった。あなたが私のところに来てから今日まで、私はあなたに何の悪いところも見つけなかったのだから。しかし、あの領主たちは、あなたを良いと思っていない。だから今のところ、穏やかに帰ってくれ。ペリシテ人の領主たちの、気に入らないことはしないでくれ。」(6~7節)

イスラエルとは戦いたくないしアキシュを裏切りたくないという抜き差しならならない状況を打破したのは、ダビデではなくペリシテ領主らの強い抗議だった。板ばさみになったアキシュが、苦渋の選択としてダビデに帰還を勧めたのです。主は何とあわれみ深い方でしょう。

 ダビデはアキシュの提案を心の底で歓迎したはずだが、見栄を張って自分の正当性を強く主張した。(8節)

「さあ、あなたは、いっしょに来たあなたの主君のしもべたちと、あしたの朝、早く起きなさい。朝早く起きて、明るくなったら出かけなさい。」そこで、ダビデとその部下は、翌朝早く、ペリシテ人の地へ帰って行った。ペリシテ人はイズレエルへ上って行った。(10~11節)

アキシュは、「あなたの主君のしもべたちと、あしたの朝、早く起きなさい」(10節)と述べ、ダビデはサウル王に仕える者であり、ダビデの部下はサウルの兵士だとアキシュは暗に認めていた。このようにして、ダビデとイスラエル兵との戦いは回避された。

29章にダビデの祈りはない。主の導きを求める姿勢もない。虚勢だけが空回りしていた。そんなダビデに対してさえ主の御手が伸べられた。

ふり返ってみると私たちも同じような経験をしている。試練や困難を体験すると、私たちの信仰はガタガタの状態になる。嘘をついたり、冷淡になったり、短気になったり、祈りを止めたり、悪い手段を使ったりして悪あがきをする。自力で問題の打開は不可能になる。そんな時なのだ。私たちが主のあわれみ深さを体験するのは、

井深八重(1897~1987)は、同志社女子学校を卒業し、長崎で英語教師になった。衆議院議員の父を持ち、叔父は明治学院の総理という良い家柄に生まれた未来ある女性だった。22歳の時、顔に赤い斑点が現れ、医者に診察してもらうとハンセン病と診断された。戸籍を外され、堀清子と名前を変えて御殿場の専門施設に隔離された。重病患者の様子を見て、自分の未来を悲観し、眠れない夜を過ごした。ドルワール・ド・レゼー神父が笑顔で患者の世話をしており、やがて神父の手伝いをするようになった。3年後、八重の斑点が消え、診察してもらうと誤診が判明、自由の身となった。思わぬ展開に喜び、主のあわれみを感謝した。
けれども八重は考えた。そして、看護学校に入学し、施設に戻り、一生涯をハンセン病患者のためにささげた。彼女の墓碑銘は「一粒の麦」主イエスの言葉を自分の信条としていたのだ。

私たちには主のあわれみがどうしても必要だ。
キリエ・エレイソンという言葉を聞いたことがあると思う。「主よ、あわれんで下さい」という意味のギリシア語をラテン語的に発音したもので、カトリックのミサで使われる重要な祈祷文であり、賛美歌の歌詞だ。盲人のバルテマイや10人のらい病人も、あわれんで下さいと主イエスに懇願しました。

ダビデのように良い所が一つもなく、罪にまみれ、祈るの言葉もなく、大きな困難に巻き込まれ、自分で打開できないとき、主のあわれみが道を開いてくれます。
主のあわれみを求めましょう。あわれんで下さいと祈りましょう。

したがって、事は人間の願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです。(ローマ9:16)


→あなたの番です
□主を忘れ、悪あがきしたことを悔い改める
□主のあわれみを謙虚に求める