詩篇62:1~12  黙って待つ


 哲学者オイゲン・ヘリゲルは1924年に来日し東北帝大で哲学を講じましたが、日本の心を知るために弓道を学びました。免許皆伝の師、阿波研造は、的を狙うな、自分の力で弓をひくな、などと教えたのでドイツ人の彼は理解不能に陥りました。
 ある夜、師は的の前に香取線香だけをともした暗闇の弓道場にヘリゲルを招きました。阿波研造はその条件下で、28m先の的の真ん中に矢をあてました。次の矢は、刺さった矢筈(やはず)を切り裂いたのでヘリゲルは驚嘆したといいます。

 的に当てようとするなら、的を狙うな。これは理解を超えたアドバイスです。ダビデも詩篇62篇で驚くようなことを言いました。激しい攻撃を受けたなら、ただ神を待てと。


1、敵の攻撃

おまえたちは、いつまでひとりの人を襲うのか。
おまえたちはこぞって打ち殺そうとしている。
あたかも、傾いた城壁か、ぐらつく石垣のように。
まことに、彼らは彼を高い地位から突き落とそうとたくらんでいる。
彼らは偽りを好み、口では祝福し、心の中ではのろう。(詩篇62:3~4)

 ダビデの敵の様子は、3~4節と9~12節に描かれています。
「傾いたやぐら」「ぐらつく石垣」という表現は、敵の攻撃を受けて崩れ始めた最も弱い部分を意味し、ダビデがどれほど追い込まれていたかを示しています。敵の攻撃を受けて、ダビデは精神的にもダメージを受けていました。

まことに、身分の低い人々は、むなしく、高い人々は、偽りだ。
はかりにかけると、彼らは上に上がる。彼らを合わせても、息より軽い。
圧制にたよるな。略奪にむなしい望みをかけるな。
富がふえても、それに心を留めるな。(9~10節)

敵はダビデを倒すためなら手段を選ばず、偽り、圧制、強奪、など悪辣な方法を用いてダビデを叩き潰そうとしました。敵は富に目がくらんでいました。

けれども富も権力も空しいものです。富や権力だけを求める敵は、実に薄っぺらな存在で、空気より軽いのです。神は必ず彼らの行ないに報いることでしょう。(11~12節)ダビデは、その敵を俯瞰し、敵の招待を見抜いていました。

神の前で静まり、神を信頼していると、このように敵の正体を見抜けるのです。


2、黙って待つ

 敵からの集中攻撃を受け、劣勢に立ったダビデは、平静な心でいました。1~2節は5~6節で繰り返されているので、最も大切な事だと分かります。

私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の救いは神から来る。
神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。私は決して、ゆるがされない。(1~2節)

 1節の原文は動詞のない文章です。順序通り直訳的に言葉を並べるなら、<ただ神に向って私の魂は沈黙、私の救いは神から>となります。新共同訳が「わたしの魂は沈黙して、ただ神に向かう。神にわたしの救いはある。」と訳している意味が分かります。
 ここでの沈黙は、心を閉ざしたり、自分の心の中に降下していくものではなく、神に開いた沈黙です。神の語り掛けに耳を傾けるための沈黙です。
 「私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。」沈黙して初めて聞こえる音があります。神に向って沈黙すると、神の語りかけが聞こえてきます。神がどんな方か気づいてきます。

 あなたは、混乱したり、迷ったり、苛立ったりしていますか。それなら、問題に焦点を合わせず、まず最初に神に心を向けて沈黙しましょう。神だけを信頼しましょう。
すると澄んだ心になり、本当の助けが神から来るのだと安心できます。姑息な画策の無意味さを悟れます。神に信頼してまっすぐな道を歩めます。


3、民よ、神を信頼せよ

私の救いと、私の栄光は、神にかかっている。私の力の岩と避け所は、神のうちにある。
民よ。どんなときにも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。
神は、われらの避け所である。(7~8節)

 ダビデは、どんな時にも主に信頼せよと人々に呼びかけました。病気の時も、落胆した時も、寂しい時も、お金が必要な時も、主に信頼しましょう。

 34歳で弁護士になり、社会の不平等を是正するために運動し、そのために46歳で逮捕された男性がいました。劣悪な環境で重労働をさせられ健康は悪化し、抑圧した人々への憎悪を燃やしました。やがて、憎しみは何も生まないことに気づき、誰もが安心して住める平等な国を作る希望を持ち続けて、1年、5年、10年とその日を待ち続けました。
 オランダ語に似た言葉を話す支配層の白人と心を通わたいと願い、刑務所でその言語を学び白人看守と話せるようになりました。白人層は国民の20%以下なので、普通選挙を行えば国会の多数派が黒人になることは明白でした。だから、政治形態が逆転した日に、白人が虐殺されたり、復讐されることが目に見えていました。27年の獄中生活を終えて釈放されたネルソン・マンデラは笑顔で登場し、和解を第一に掲げ、1994年に大統領に選ばれました。白人の残虐行為をゆるす「真実和解委員会」を実行し、和解を実現させ、ノーベル平和賞を受けました。1黒人と白人が対等に生きる国家の実現という夢、2友人の支え、3キリスト教信仰があったことの3つが彼を支えたのです。彼こそ最も待ち続けた人でした。

 あなたが、傾いた城壁やぐらつく石垣のようになって敵に取り囲まれていても、神に心を開いて、神の前で沈黙し、神を信頼しましょう。神は、あなたの助けあなたの力です。


 →あなたの番です
  □黙って神を待ち望もう
  □私の救いは神から来る