詩篇64:1~10 夢はかなうと信じる


 夢は二種類の夢があると思います。マイナスからゼロになる夢。もう一つは、ゼロからプラスになる夢です。つまり、借金生活で苦しむ人が完済する日を夢見るのが前者。生活に追われて、考える余裕がない人もそれに当たるでしょう。後者は、生活に不満がないけど達成したい事柄がある場合です。ダビデの場合は、マイナスからゼロになりたいという夢でした。平和がほしい、命がほしいと願っていました。ダビデは、どのようにしてこの苦しみから脱出するのでしょう。


1、言葉の矢

 神よ。私の嘆くとき、その声を聞いてください。
恐るべき敵から、私のいのちを守ってください。
悪を行なう者どものはかりごとから、
不法を行なう者らの騒ぎから、私をかくまってください。(詩篇64:1~2)

 ダビデは切羽詰まっていました。「私のいのちを守ってください」と、ダビデは神に願いました。辛いですと。命を救ってほしい、かくまってほしいと神に願いました。ダビデは難民のような状態になっていて、命の確保が第一の祈りでした。

 彼らは、その舌を剣のように、とぎすまし、苦いことばの矢を放っています。
全き人に向けて、隠れた所から射掛け、不意に射て恐れません。
彼らは悪事に凝っています。(3~4節)

 ダビデは、実際の攻撃だけでなく、敵の言葉に苦しめられていました。「その舌を剣のように、とぎすまし」、「苦いことばの矢」とあります。敵は口でもダビデを攻撃しました。ダビデを貶める言葉を発し、ダビデについて嘘の噂を流してのでしょう。
「隠れた所から射掛け、不意に射て」とあるように、敵の言葉は不意打ちで、矢のように飛んできたので、防げません。心の痛手は大きかったのです。

 語り合ってひそかにわなをかけ、「だれに、見破ることができよう。」と言っています。
彼らは不正をたくらみ、「たくらんだ策略がうまくいった。」と言っています。
人の内側のものと心とは、深いものです。(5~6節)

 敵は罠をしかけ、その策略がうまく行ったと自画自賛していました。その傲慢さや笑い声を想像すると、ダビデは一層つらくなりました。

 今日のあなたは、ダビデの状況に似ていますか。ひどい事を言われて、今、落ち込んでいますか。嘘や中傷で、傷ついていますか。他人の意地悪な言葉に負けないことです。真実は、必ず明らかになります。

 東京弁護士会の「子供の人権救済センター」で働いてきた坪井節子弁護士は、子供たちが両親からの心ない言葉で傷ついている姿をたくさん見て来たといいます。お前はいらない子。お前みないな子は死んでしまえ。そんな矢のように突き刺さる言葉で、倒れそうになっている子供たちに、坪井弁護士は、「あなたに生きていてほしい。問題だらけでも、神さまは私のそばにも、あなたのそばにいてくれる。だから、ボロボロでも生きていてほしい。」と語りかけ、彼らを励まし続けて、ティーンエイジャーが逃げ込めるシェルターを作り自立を助けています。

あなたが言葉で傷つけられたのなら、神の言葉でいやされて下さい。



2、神の矢

 しかし神は、矢を彼らに射掛けられるので、彼らは、不意に傷つきましょう。
彼らは、おのれの舌を、みずからのつまずきとしたのです。
彼らを見る者はみな、頭を振ってあざけります。(7~8節)

 「しかし神は、矢を彼らに射掛けられる」(7節)この言葉は、64篇の転換点であり、キーワードです。
 現状の厳しさは変わらないのに、ダビデは神が敵に勝利して下さると信じました。ダビデは映画の予告編を見るように、敵が滅ぼされる日を確信しました。8節によれば、結局のところ、敵の言葉そのものが自滅のきっかけになるのです。

 第一級のスポーツ選手はイメージトレーニングを欠かしません。目を閉じて、練習の細部、試合の場面を思い浮かべ、自分が最高のフォームでプレイして勝利する場面を、心に焼き付けています。
 ダビデが7節でしていることは、信仰のイメージトレーニングといえます。ダビデは未来の勝利を先取りしました。

 こうして、すべての人は恐れ、神のみわざを告げ知らせ、そのなさったことを悟ります。
正しい者は主にあって喜び、主に身を避けます。
心の直ぐな人はみな、誇ることができましょう。(9~10節)

 神が勝利して下さる日、人々は神のみわざに感嘆し、神を恐れます。
 私たちは、自分で誇れるほどの正しさも素直さも持ち合わせていないし、試練に翻弄される弱い存在です。でも、弱くても、主に信頼することができます。正しい人や心の直ぐな人とは主に信頼する人のことです。将来の勝利をイメージして、喜びを先取りする人です。だから、私たちも主の勝利の場面を信じましょう。

 重病の女子中学生をスーザン・アルブライトという人が病室を訪問しました。「あなたの夢、かなえましょう」と言いだしたので、彼女はびっくりしました。よく考えた後、大好きなアーティストのコンサートを見たいと返事をしました。その日から、彼女は、自分の骨髄液が増えるイメージを心に強く持ち、コンサートに必ず行くと心に決めました。その結果、病状は改善し、コンサートに参加できて大喜びでした。医師は彼女の余命が1か月と診断していましたが、2か月後に退院、今では養護学校の先生として働いています。

 神はソロモン王に「あなたに何を与えようか。願え。」(第1列王3:5)と言われました。主イエスは、盲人のバルテマイに、「わたしになにをしてほしいのか。」(マルコ10:51)と尋ねました。
 あなたの夢は何ですか。命の確保ですか。病気のいやしですか。借金の返済ですか。安定した仕事ですか。家族の夢は? 将来の夢は? あなたに与えられた使命に関する夢は? 福音を伝えることに関する夢は? 
 ダビデのように、苦しい中でも神が夢をかなえてくれる日が来ることを信じましょう。

 「しかし神は、矢を彼らに射掛けられる」(7節)

 →あなたの番です
  □他人の言葉の矢に負けるな
  □主の助けの場面を信じて、イメージトレーニングしよう