マタイ6:10 御国を求めて

 主の祈りで、最初に願ったことは二つ。神の国の到来と神の願いの実現です。

1、御国を求める

御国が来ますように。(マタイ6:10)

 聖書の原文はシンプルです。10節は、あなたの国が来ますように、となっています。

 一週間に33時間しか仕事をせず、残業はなく、仕事の効率は日本人より高く、社員もパートも同一賃金で、子供たちは世界一幸せだと認定された国があります。オランダです。そんな国に行ってみたいと思うものです。国民を幸せにしたいと思ったリーダーたちが年月をかけて住みやすい国にしたのです。同じような考えを持つ指導者が日本やアメリカにもいれば、そういう国作りは可能です。

 御国が来ますように。神が、私のところに来て下さるなら、私は幸せになれます。神よ、私の心に来てください。私の会社に来てください。私の家庭に来て下さい。あなたの愛と真理によって私の心と生活を守り導いて下さいと祈ることができます。

何はともあれ、あなたがたは、神の国を求めなさい。そうすれば、これらの物は、それに加えて与えられます。小さな群れよ。恐れることはありません。あなたがたの父である神は、喜んであなたがたに御国をお与えになるからです。(ルカ12:31~32)

 私たちは日常生活の様々な悩みの解決をまず祈りますが、神の国が来るならばそのすべては解消します。神の国を望むなら、私たちの必需品すべてを与えようと主イエスは約束されました。この言葉を信じますか。

何よりもまず、神の国が来ることを願いましょう。


2、みこころが行われるよう願う
みこころが天で行なわれるように地でも行なわれますように。(マタイ6:10)

10節後半の原文もシンプルです。あなたの願いが行われるように、です。

この部分から祈りの本質が分かります。祈りとは、神の願いに気づくための神との対話です。神が願っていることが分かり、私たちに実行可能なら、私たちはそれをします。つまり、神に代わって私たちが神の願いを実現することになります。神の願い、神の心、神の計画、神の意志を、心そ静めて聞きましょう。

この箇所から分かることがもう一つあります。主の祈りは、私たちが失望しないという意思表示になります。残酷で不平等で不条理な世界でも、主の祈りをする人は失望しません。神の国が来ることを求め、神の願いが地上で実現することを止めないからです。それは、暗闇に明かりをともすことになります。

あなたの番です。あなたの生活のどこに、神の国に来てほしいですか。神は、今、あなたに何を願っていますか。神の国を作るキングダムビルダーとなって、神の国を求め、神の願いを実行しましょう。

 貿易センタービルが炎に包まれました、あの911の日。ユナイテッド93便もハイジャックされました。クリスチャンのトッド・ビーマーは、妻子のある33歳、機内にいました。電話交換手と連絡が通じ貿易センタービルの惨事を知りました。ハイジャックされたこの飛行機もどこかに突入し誰かを殺害するのだと分かりました。
トッドは電話交換手に状況を話し、妻への伝言を頼んだ後、こう言いました。「神を信頼して、これから行動を起こします。」その後、電話交換手と共に祈りました。主の祈りを祈りました。あなたの国が来るように、あなたの願いが行われるように、と。
「準備はいいか、さあ行くぞ("Let's roll")」がトッドの最後の言葉になりました。この結果、ハイジャック機はテロ突入目標にたどりつけずピッツバーグの野原に墜落しました。最悪のコンディションの中でも、トッドは神の国を求め、希望を捨てませんでした。
 
あなたの心に、職場に、家庭に、教会に、地域にも神の国が来ることを祈りましょう。そして、神の願いが何なのかを神に聞き、理解しましょう。その上で、アクションを起こして下さい。神の国を作りましょう。

 →あなたの番です
  □私の心に、神の国が来ますように
  □神の願いを私が理解し、行えるように
□失望せずに祈りましょう