第1ペテロ1:3~9 手紙を書いたペテロ 

手紙を書いたペテロ 
第1ペテロ1:3~9
2010年10月31日

 さあ、いよいよ「ペテロの生涯シリーズ」の最終回です。中高年となったペテロの足取りをたどってみましょう。
 中高年という言葉に反応した人は、人生の秋から冬を旅する人です。

1、巡回伝道したペテロ

 前回、ペテロはユダヤ当局に逮捕され危うく殺害されるところでした。その後、エルサレムで公に活動することはありませんでした。使徒の働きの記述を調べても、いわゆる「エルサレム会議」(使徒15章)で証言をした記録しか残っていません。
 書簡を調べると、ペテロがアンテオケに行ったことが分かります。(ガラテヤ2:11)その後、恐らく小アジア(今のトルコ、第1ペテロ1:1)で伝道したようです。パウロの指摘によれば、ペテロは妻と共に伝道旅行をしていたようです。(第1コリント9:5)ペテロの最期は、ローマで迎えたようです。(第1ペテロ5:13)

 AD130年頃ヒエラポリスの司教をしていたパピアスは、「ペテロの通訳であったマルコが記憶していたことをすべて正確に書き下した」と述べています。
 ペテロは通訳者を介して伝道していたのです。考えてみてください、ペテロがエルサレムを離れたのは、50歳を過ぎた頃でしょう。若くないので、故郷を去り、故国を後にし、異文化、異言語で生活をするのは並大抵ではなかったでしょう。

 あなたのミドルエイジはどんな毎日ですか。ペテロの人生は、老いてもなお前向きでした。中高年になったなら、ペテロのように輝こうではありませんか。


2、信仰を貫いた秘訣 
 
 このころ、ローマ皇帝ネロによるクリスチャン迫害が起きました。ペテロもその迫害で殉教したと言い伝えられています。はっきり分かることは、ペテロが二度と主イエスを否むことがなかったということです。

 ペテロが手紙を書いたのは63年頃、殉教は64年と推定する学者がいます。ペテロの年齢は70歳前後か、それ以上ということになります。
 漁師だったので顔は日焼けして、顔に刻まれたしわには、年齢が感じられたでしょう。そんなペテロが、淡々と主イエスとの生活を語ったなら、どんなに人々の心をとらえたことでしょうか。

 ペテロが信仰を貫いた秘訣は、何でしょう。それは、「生ける望み」だったと私は思うのです。

 「イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにしてくださいました。」(第1ペテロ1:3)

 無学で普通の人ペテロは、主イエスに出会ったことにより人生が大きく変わりました。粗野で、自分中心の庶民が、聖徒と変えられました。
 神が下さったものは、生ける望みでした。中年になっても、老年になっても、消えることのない望み。その望みがペテロを生涯導きました。
 生ける望みがあるので、試練を経験することも価値があると言い切りました。主イエスを3度否んだ経験も、火を通して精錬された経験と理解していたことでしょう。

 「信仰の試練は、火を通して精練されてもなお朽ちて行く金よりも尊いのであって、イエス・キリストの現われのときに称賛と光栄と栄誉に至るものであることがわかります。」(第1ペテロ1:7、関連→第1ペテロ4:12~13)

 教会史家エウセビオスによると、ペテロがローマで殉教するときペテロの妻が先に殺され、主を忘れないようにと妻に語ったと伝えられています。ペテロ自身は逆さ十字架を希望し、その生涯を終えたといわれています。ペテロの最期に関しては聖書に記述がなく伝聞なので真偽のほどは定かではありません。

 さあ、あなたの番です。あなたも、主イエスから生ける望みをいただき、ペテロのように生きていきましょう。
 試練はやがて栄光に変わると信じましょう。やがて、主イエスにお会いする日が来ます。

 星野富弘さんの「きく」という詩があります。

 よろこびが集まったよりも、
 悲しみが集まったほうが、
 しあわせに近いような気がする。

 強いものが集まったよりも、
 弱いものが集まったほうが、
 真実に近いような気がする。

 しあわせが集まったよりも、
 ふしあわせが集まったほうが、
 愛に近いような気がする。

 この詩を読みながら、ペテロの影響力の強さと考え合わせました。人に最も勇気を与えてくれるのは、普通の人です。だから、こんなふうに思いました。

 罪人が集まったほうが、イエスさまに近い気がする。

 普通の人が集まったほうが、ペテロに近い気がする。

 
 先週2010年10月、カリフォルニアの海岸で19歳の青年がボディーボードをしている時にサメから攻撃を受けて死亡しました。ルーカスという男性です。28日、海でメモリアルが行われたと新聞で報道していました。150人の親戚と友人が集まり、そのうちの数十人が海で輪を作り、花を流し、祈りをささげました。参加者の何人かのTシャツには「Ask me about Luke」と書いてありました。ルークはルーカスの通り名で、彼はいい男だった、彼について何でも聞いてほしいという意味ですね。

 私たちクリスチャンは、Ask me about JesusというTシャツを心に着ているのです。ペテロは、イエスさまについて語り続ける人生でした。

 普通の人ペテロが、普通でない生涯を送りました。あなたにもできます。あなたの番です。主イエスの与えてくださった希望を胸に、主イエスの愛と福音を伝えていきましょう。